時の沈黙 法橋太郎
朝とおぼしき光のなかで無用になった白銀の
時計が碧い湖に捨てられた。時計は水中をゆ
っくりと躍るようにして水の底に落ちていっ
た。湖底に落ちついてそれはわずかな泥けぶ
りをあげた。
ひとびとは咳をしたあと他者について灰色の
小言に悪意をほのめかせた。勝者に媚び敗者
をいたぶるひとびとの悪癖は尽きることがな
かった。
他者への見えない黒い憎しみを胸にひそめて
ひとびとは何食わぬ顔で出かける支度をする。
時間に急ぐひとびとは冷えたスープを錆びた
鉄の匙でしずかにすくいあげては口に運ぶし
かなかった。狂った馬のあげる青ざめた悲鳴
が窓の遠くから聞こえた。
スープのなかには蜆の殻が二三個残ったまま
洗われることなくその皿は白いテーブルクロ
スの上に残されていた。今度の無益な戦いで
戦い自体が終わろうとしていた。勝利も敗北
もなく地は噎びまばゆい蒼穹は冥く閉じられ
た。
おれたちが生き方を誤ったのかそれともおれ
たちの必然がそうさせたのか。誰もが無言の
まま、湖底に沈んだ時計の歯車だけが泥土に
まみれて廻りつづけた。