紙の舟 岡野絵里子
手の中の白い紙を 私は折り曲げたり 伸ばしたりしていた 叫びを呑み込むあの深い渦のまわり 悲しい物語に沿って 紙は小舟のように揺れていた つかえながら語る瞳が涙ぐむ 過去から湧いた苦い水で
時間が彼を運んで来た 朝と昼と 夜を運ぶように 彼は明け 晴れ渡り そして暮れ まだ恢復の途中なのだった 人が住むこの地と同じに
その人はそっと腰かけた そこが世界の縁であるかのように 私もそっと腰かける 世界の縁の反対側に それは明るすぎる私たちの恐れ 広がりのなかに鳴る生の物音
掌が白い紙屑を押し出す ゆっくりと音節を区切るように 紙の舵と紙の櫂 小さな漕ぎ手が一人 櫂を握っているのが見える 人の恐れが作る深い淀みへ 漕ぎ手は小さな口を開けている 歌だろうか だが会場の喧噪がそれを消す