赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第2回)         ~恋愛感情なんてアハハンむかつくぜ~ / 御中虫

諸君。ひきつゞき、春だ。春と言えば、恋。恋の季節である。ところがだ!このあたし様はいま独り身となってゐる!正確には半年ほど前に振られて尚そのひとを追っかけ続け、あの手この手でモトサヤに戻ろうとするたびに全力で蹴りを食らい、現在に至る。嗚呼、あたしには恋愛のカミサマがついてないんだらふか。どうでもいいオッサン連中からは、無駄にモテたりするのに。本命をオトすのは簡単ではない。身悶へ~。

というわけで今回のテーマは恋愛です。ま、あたしが選んだ句なので、「この句、別に恋句じゃねーよ」というやつも多分に混ざってはをるが、知らん。あたしがそこに恋愛を見出したからにはその句は恋句なのである。なに、八つ当たり?違いますよ、鑑賞です。

まずは、前回同様、なんのバイアスもかけずに10句提出するので、読者諸賢の目で鑑賞されたし。ちなみに今回以降、季節にはとらわれずに選句してゆきます。

海鼠噛むそちらも青い空ですか       岡野泰輔
くらげくらげ 触れ合って温かい。痛い。      福田若之
春愁ひ手入れて海とつながりぬ      小林千史
愛すとは剪定の迷える一枝      同上
大きさの違ふ跣足の並びけり      小野あらた
立ち直りはやし絵日傘ぱつと差す      津川絵理子
純愛や浅蜊に砂を吐かせてゐる      山下つばさ
とんかつを女におごる落葉かな      林 雅樹
春風やグリコマークいつもひとり      同上
のび太君しやうがないなあ秋の暮      同上

では、あたし的鑑賞をしてゆきませう。おまいら、乗り遅れんなよ!(←イミフ)
一句目。

海鼠噛むそちらも青い空ですか      岡野泰輔

海鼠噛む局面というと、やはり居酒屋かしらん。居酒屋で出てくる海鼠は、うまいよね。でも注意してほしい。このあと「そちらも青い空ですか」という問いが続くのだ。夜の居酒屋にいて、空を見上げる…青い空??なんか、変。居酒屋で上見たって、油っこい天井しか見えないじゃん。つまりだ、諸君。この作者は、どこか屋外にをいて、しかも青天の昼間っから、海鼠噛んでゐるらしいのだ。どーゆーこと…?あたしには昼間っから屋外で海鼠を食った経験がないので想像するしかないんだが、会社の屋上とかですかね。昼休みの。デパ地下で海鼠買ってきたんですかね。缶ビールと。いや、勤務中に缶ビールはまずかったな。ではこうしよう。彼は単身赴任者かなにかなのだ。そして日曜日、つまり休日に、昼間の時間をどう潰していいかわからなくて、どこかで酒と海鼠を調達してきて、散歩がてら公園で一杯ひっかけつつ、妻のことを思って空を見上げる、と。空は青い。妻のいるあの空も青いのかな、と思って「そちらも青い空ですか」へ続く。のではないか。えーなんかややこしい歌ですねへ。しかもこの感覚だと、夫と妻の間にはかなりの物理的距離があるとみた。もしや海外赴任ですか?違う?ああそう。でも、「そちらも青い空ですか」という少しかしこまったこの問いかけが、泥酔していないんだなこのひと、冷静なんだな、つまり、理性もあって遠方の妻(もうめんどくさいので妻に決定ね)を愛しているのだなあ、というかんじがして悪くない一句。
だがな、泰輔!
醒めてるぞ、おまへの恋愛観!ほんとに愛してるんならな、海鼠噛んでぼけーっと空見上げてる場合じゃねーんだよ、行けよ、今すぐ!せっかくの休日に「そちらは青い空ですか」とか馬鹿丁寧に言ってないで、自分で動けよ、向こうの青空見てこいよ、そんでキスのひとつもしてこいよ、その行動力のなさ、まじ海鼠レベルだなオイ!そんなことだと一年後に任期が明けて妻のもとに帰った暁には、妻は誰の子だかわかんねえ鱈子孕んでるぞ!

二句目。

くらげくらげ 触れ合って温かい。痛い。      福田若之

前回に引き続き、出ました福田若之です。キャーキャー言うなそこの女ども!
彼は若いので、今から彼の枠を決めるのはよくないけれども、この句は彼の代表句のひとつになってもおかしくないと個人的には思ってゐる。おやっ虫さん高評価ですね?はい、わたくし基本的に素直なにんげんですよ。くらげくらげ のあとの余白も効いてるし、その後に続く、なんでもない言葉、なんでもない現象、当然のようなオチ。好きですねーこういう句は。
だがな、若之!ちょっとそこの女どもも黙って聞け!
おまへの恋愛観が、まさにくらげのやうに軟弱なものであるかが、この句からは透けて見えるぜ!

くらげが二匹おりました。
おつきあいしておりました。
ふれあうとあたたかい。
でも、くらげには棘がありますから、
一定以上近づくと
痛い。
完。

ってなァーーーー!!アホか!恋愛っちゅうのは、ここからはじまるんとちゃうんけ!終わってどうする若之!「痛い。」って子供か!ばんそこ貼って終わりか!そこで終わってどうするんだぁああああ(かなりの苛立ちを感じてゐます)。だいたいな 「触れ合って」というところもあたしには気に入らないんだよな。「抱き合って」とはっきり言えないというか、言わないというか、その距離感。まあ俳句的には「触れ合って」のほうが詩的だけど、ここにタマシヒはあるのかね?若之くん。ほんたうの詩には「痛い。」で終わらせないパッションがあるのだよ。きみはまだそれを掴んでゐなひ。どんなひととお付き合いしてゐるのか、あるいは恋焦がれてゐるのかしらんが、ゆめゆめ「痛い。」って泣いて終わるなよ!(あ、なんか応援歌っぽくなった。まあいいか)

三句目。

春愁ひ手入れて海とつながりぬ      小林千史

きれいな句ですねい。季語のちょっとぬるいかんじと、そのあとにつづく行為が、良く合ってゐて、きれい。「手入れて海とつながりぬ」って、誰にでも言えそうで言えないんじゃないかな。完了形の「ぬ」がまた文字として効いてゐるとおもひます。なまぬるい の ぬ、水ぬるむ の、ぬ。
だがな、千史!
この句、ちょっとエロすぎんじゃねーか!? しかも大人の品のあるエロってより、中学生男子のエロに限りなく近い、稚拙なエロ句なんじゃねーか!? 春 海に 手を入れて つながる って…言い変えたら×××に××入れて××××する…ってことでしょ?下品というよりただただ稚拙な比喩にしか読めないあたしが稚拙なの?いや千史、おまへが稚拙なんだよ!この句、週刊なんとかにグラビアアイドルの写真とともに袋綴じで入れたら一発で俳句じゃなくなってただのエロキャッチコピーになる。あたしが保証する。だからもうちょっと字面の並び、なんとかしなさい。季語が泣いているぞ!

四句目。

愛すとは剪定の迷える一枝      同上

これも美しい一句。さっきの句もそうだったが、この人の句は高尚性がある。「愛すとは」なんてこっぱずかしいこと、なかなか言えたもんじゃないが、彼は言ってのけた。そこへ何を続けるのだろうと思ったら、剪定をもってきた。しかも、迷ってる。あっちにもこっちにも気があるってことじゃないと思うな。そういう浮気な一句じゃなくて、ある人との人生の可能性について、彼は考えているんじゃないだろうか。あの人を幸せにするには、あっちへいくべきか、こっちを削るべきか、と。それが愛なんだと。すごい。いいなあ、こんな愛され方してみたい(欠乏中)。
だがな千史!
おまへ、ちょっと傲慢すぎんじゃねーか、この愛し方!! おまへの彼女を仮に<ゆかり>と名付けよう、ゆかりはこんなふうに「剪定されて」それに黙って従う女なのか!? ゆかりにはゆかりの「選定の仕方」があるんじゃねーのか?聞いてみたか、話し合ってみたか、そこんとこ、膝付き合わせて?「俺に任せろ」とばかりにゆかりの口封じをして、ゆかりを籠の鳥扱いして、それを愛だと勘違いしているんじゃねーのか?あたしはゆかりのことが心配である。こういう一見何でも考えてくれていそうな男に限って実は自分のわがままを優先させてゐるだけで、それを愛とすり替えるという小技を使うものなのだ。知らんけど。たぶんそうなのだ。だからゆかり、じゃなかった、千史、あんまり勝手に剪定鋏をふりまわさずに、まずはゆかりと話し合いなさいねっねっ。

五句目。

大きさの違ふ跣足の並びけり      小野あらた

この句は親子や友人の句ともとれるので、無理に恋句にする必要は全くないんだが、無理に恋句にしてみたかったので、してみた。文句ある?ないよね。このあたしに文句なんて、ないよね。
あたしは一度しか男性とお付き合いしたことがないけれど、そのときびっくりしたのはやはり、足のでかさのちがいであった。彼氏のおうちにちょっと遊びにいくでしょ、ちょっとコンビニ行くときに彼氏のお靴を借りたりするでしょ、ぶかぶか。彼氏はそんなに上背のある人ではなかったけど、なんだこの差!って思ったのでした。
いや、あたしの話はいいんだけど…参考資料です。というか単に書きたかっただけです。てへぺろ☆
さて、この句もそんな男女の句だとしますると、非常にほほえましいですねい。跣足ってことは、海水浴にでも来ているのか、一緒にシャワーでも浴びたのか、なんか水辺に座っているのか、あたし的には水辺の解釈が好きかな、これにしよう、田舎の小川のふちに腰かけて水に足を入れている。田舎なのでだれもいない。とんぼなんかはいるかもしれない。振り返ったら畑があって、おばあさんが手入れしている。トマト、おいしいよ、ってもらったりする。でもひとつしかないのでふたりで食べるのです、わーすごくいいな(妄想炸裂)!…とまあ、その気になれば短編漫画ぐらい描けてしまいそうな、一句なのだった。
だがな、あらた!
大きさの違ふ跣足の並び、おまへの観察眼はその程度か!問題は、恋愛は、ここからだぞ!小川でトマト食って満足してたら(ああ、このひとって小川でトマトしか食べさせてくれないんだわ~)って明子に思われて、夏の終わりにはお別れだぞ!本当に明子を好きなら、ネイルだ、まずネイルを褒めろ!明子はペディキュアをしてゐるだろう、そこをまず褒めるんだ!この句にはそれが足りない!「あっこちゃんのネイルってさ、いつもきれいだよね」この一言が明子には効くはずだ!なに?明子はペディキュアをしていない?それでもかまわん、「ええ!? あっこちゃん、ネイルしてないの!? もったいないよ、こんなにきれいな足の爪してるのにさ…こんど一緒に買いにいこうよ、プレゼントするよ」と、こう言うわけだ、明子は(あ、このひと小川でばちゃばちゃするだけのバカじゃなくてよかった~)って絶対思うから!まあ、そんな軽薄な明子に惚れているおまへもどうかとおもうがそこはあたしもヒトのこと言えない恋愛しかしてないので知らん!とにかく跣足が並んでゐるだけで満足する時期は早く脱したほうが身のためだぞ!

六句目。

立ち直りはやし絵日傘ぱつと差す      津川絵理子

この句、好きだ!もう、なんかねえ、女の子がめそめそしている時代は終わったんだよ!っていうことを、「絵日傘ぱつと差す」で端的に表現していて、脱帽です。今回は恋の句特集なので、この句も恋句として読んだのだが、立ち直るときってたしかにそんなかんじなんだろう(あたしはまだ立ち直ってないのでわかんない涙)と思わしめる一句です。ただの日傘じゃなくて「絵日傘」というのがまた、女性性も保っていて、乱暴な立ち直り方じゃないんだよっていうかんじ、好感がもてます。
だがな、絵理子!
嫉妬も込めて言わせていただくが、こういう自立した女、すぐモテなくなるんだぞーーーーー!むしろ虫分析によれば、ほにゃららとしていて振られても振られても立ち直れずにうじうじ泣いてゐるあたしのような女こそが、モテ女なのだ!本当です!絵日傘持ってる、でも差せない、自分の女性性をそんなふうに「ぱつと」差せないよ!そして勢い余って丸坊主にしてしまいその後しまったとか思ってウィッグをかぶる、そんな支離滅裂な女こそがモテ女なのだ!本当です!
だからね、絵理子くん。同じ女性としてこそっとアドバイスするが、こういうステキ句は、あまり人目にさらさないほうがよい。とくにフリーのときは。パートナーがきちんとゐたら、まあ、晒してもいいがね、それでもそのパートナー忠志くんが(そうか…こいつ立ち直ってすぐ絵日傘差せちゃうんだな…ならば)とか思って浮気に走る可能性も否めないので、やはりこういう佳句はそっとしまっておきませうね。と言いながら、才能を握りつぶしてゆく御中虫であった。

七句目。

純愛や浅蜊に砂を吐かせてゐる      山下つばさ

来た、「純愛」句!やっとそれらしい句にいきあたりましたねい。たぶんボウルかなにかに入れたたくさんの浅蜊に砂を吐かせて、(この砂があの方の言葉だつたらいゝのに…あの方はいつも無口でなにも言つてはくださらなひ…)(でも言葉なんて砂のやうに無意味ではかなひものだわ、わたくしはあの方のほんたうのお心が知りたひの…)等など思ってゐるのでせう。美なるかな、美なるかな。
だがな、つばさ!
おまへは忘れてゐるだらう、浅蜊がアレ臭いといふことを。しかも純愛とかぬかしながらなぜ貝類を比喩に持ってきてしまったのだ、ええ?貝はだめだ、貝はだめだぞ、なぜならば××××の比喩としても貝は使われるからだ、そんなものを純愛と結び付けてどうするというのだ、一気に句格が下がったではないか!おまへも週刊誌グラビア袋とじキャッチコピー行きを望んでゐるのか?
浅蜊に砂を吐かせたのはたぶん真実なのであろう、でなければこのような句はできはしないものだ、だが写生がいいとばかりは限らぬぞよ?って今タイピングしたら写生が××になってしまつた…おあとがよろしいようで。

八句目。

とんかつを女におごる落葉かな      林 雅樹

非常にシンプルな句である。しかし高度な技を感じるのは、ここに落葉という季語をもってきたことにより、突然「とんかつを女におごる」ということの俗っぽさが詩的に昇華せられたことである。この作者をあたしは知らないが、100句ともに通低する、大げさにいえば聖俗のからまりのようなものを感じ、非常に面白かった。
だがな、雅樹!
おまへには俺様目線しかないのか?そうじゃない、恋愛というのはそうじゃないだろう、付き合ってゐる女の立場といふものもあるだろうが!仮にこの句を一美が読んだとしよう。(なに?あたしって、落葉に至る過程でしかないわけ…?しかも落葉を際立たせるためにあえて とんかつ という俗な物を食わせたわね?まあたしかに「フランス料理を女におごる落葉かな」だと意味性が堕落するわね…でもあたしはキャビアの方が好きよ…雅樹…あなた、俳句とあたしどっちが大事なの…?)このような感情を一美は抱くに違いなく、しかしおまへはその一美の揺れる感情に気づくこともなく(なぜならおまへの頭はいかに季語へ昇華するかしか考えていないからだ)冷めた味噌汁を作れと言ってみたり、目刺を食わせてみたり、そんなこんなである日一美はそれこそ落葉のやうにさあっとかき消えてゐるだろうさ!ハッ!をろかなをとこ、雅樹!俳句に浸るのもたいがいにして、リアルの女の嗜好をちゃんと調べろよ!

九句目。

春風やグリコマークいつもひとり      同上

この件については、あたしも以前から気付いてはいた。あたしが学生時代の時、どこか好きな企業のシンボルマークを自分で造り変えろという課題が出て(註;あたしはビジュアルデザイン科出身)、グリコマークをもっとシンプルな線画にしたものをシリーズで描き、その中には男と女と両方描いた。好評だったがどこかになくしてしまったようだ残念無念。
そんなこともあり、この句には引き付けられるものがあった。また自分の話になるが、「地熱の夜グリコマークは何故笑ふ」という句を作ったこともある。そんな風に、人をばかにしているようにも見え、しかし掲句のようにいつもひとりで微笑んで、さびしいだろなという気にもさせる不思議なマークだ。先の句評でも書いたがこの句のよさは、それを春風という季語に結び付けたことにある。春風 と ひとり は、つきすぎるようだが、主語が「グリコマーク」であることで、シュールで非現実的な情景を描くのに成功している。
だがな、雅樹!
カリスマっていうのは、ヤツみたいなヤツのことを言うんだよ!そしてな、カリスマには、女が必ず群がる!一見「いつもひとり」なグリコマーク@道頓堀だが、そこには通称ひっかけ橋があって、バカ女たちが夜な夜なヤツのことを黄色い声あげて写メってんだよ!企業マークを女子が写メる、こんなことは普通あまりない、しかしヤツほどの男になるとそれが日常なのだ!忘れるな雅樹、おまへのうすっぺらなハードボイルドタッチにヤツの本質は描けてゐなひ、まさに木をみて森を見ずだ、嘘だと思うなら、ひっかけ橋に行ってきな!モテモテのヤツが勝ち誇ったやうに万歳してゐるのが見れるから!

十句目。

のび太君しやうがないなあ秋の暮      同上

しつこく雅樹句について言及したいと思う。いや、面白いからですよ、べつに悪意はありませんよ、いひひ。
掲句のどこが恋愛句?と首をかしげる読者諸賢も多いと思う。実はあたしもそのひとりである。
最初はスルーしてゐたのだ。しかし!あたしはうっかりしてゐたのです。
この世の中には、同性愛があるといふことを。
しかも、プラトニックな。
というわけで雅樹!
よくやった!おまへは非常に繊細な手法を用いて、「のび太×ドラえもん」のプラトニック同性愛を描きだすことに成功したのだ!(違う!そんなんじゃない!とか言われてももう知らねえやい!)
この漫画を知らない日本人はまずいないだろう。のび太が不祥事を起こす。「たすけてドラえも~ん」と泣きつく。そこで「しやうがないなあ」と秘密道具をだすドラえもん。このワンパターンを彼らは何度繰り返してきたのだろう。設定の上では、ドラえもんは未来の子孫がのび太のために困っているから、その元凶であるのび太を正しにやってきたとされるが、途中からそんなんもうどうでもよくなっていき、ふたりは固いきずなで結ばれてゆく。のび太にはしずかちゃんというガールフレンドがいて、ドラえもんにも猫のガールフレンドがいるので、二人は一見ノンケに見える。しかし、そうやって自らの性嗜好を隠してゐるホモフォビアは非常に多いのであって、むしろそんな表層よりも、掲句にあるような「のび太君しやうがないなあ」に注目すべきである。このねちやねちやとした旧かな遣い、「秋の暮」という人恋しい季節を季語にもってきたあたりに、雅樹氏の強い示唆を感じる。なに、感じない?ではおまへはただの呑気なノンケなのだ、去れ。
まあ、一応言っておきますけどね、漫画のドラえもんを読んでそんなことを感じるのは変態に近いと思うよ、ただ、この句を読んでそう感じないとしたら、それはあなたがたのセクシュアリティに対する感度が低いということなのだ、つまり言いかえればこんな句を作ってしまふ雅樹氏はわりと変態だよね。といふことだ。あはは最後に落としてやった。

さて、また長くなりましたが、第二回の観賞はこれにて。伏せ字多いかな?まあいいよね恋愛に伏せ字はつきものですものホホホ。
と思って、タバコに火を点けつゝ某氏へこの原稿を「出来たぞ、ドヤァ!今回は言うことない
やろ!」と投げつけてみたところ、即座に返信あり。
「アホかーーーーーーー!!!!!小林千史さんは、女性や!略歴とか写真ぐらい、見てからモノ書かんかいっ!!」
え、ええっ…千史…いつのまに女に……いや違うな、あたしが勝手に性転換をさせてゐたやうだ…すまない、千史さん。。
といふわけで今回もまたチョンボをしでかしてしまったのだが、まあいいじゃん読者諸賢はそこんとこだけ男女ひっくり返して読んでくれい(要は書きなおすのが面倒なのだ)。

それにしてもあたしもこんな文章書いてる暇に、元彼にラブレター書くべきだよな!嗚呼、タメイキ。

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執筆者紹介

  • 御中虫(おなか・むし)

1979年8月13日大阪生。京都市立芸術大学美術学部中退。
第3回芝不器男俳句新人賞受賞。平成万葉千人一首グランプリ受賞。
第14回毎日新聞俳句大賞小川軽舟選入選。第2回北斗賞佳作入選。第19回西東
三鬼賞秀逸入選。文学の森俳句界賞受賞。第14回尾崎放哉賞入選。

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One Response to “赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第2回)         ~恋愛感情なんてアハハンむかつくぜ~ / 御中虫”


  1. 2012年5月21日 : spica - 俳句ウェブマガジン -
    on 5月 22nd, 2012
    @

    […] 田若之、小林千史、小野あらた、津川絵理子、山下つばさ、林雅樹。 http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-16-6852.html 御中虫10句選の中より選ぶとすれば  立ち直りはやし絵日傘ぱつ […]

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