『俳コレ』を読んで  ~しづかな世代~ / 杉原祐之

兎飼ふしづかに暮らすために飼ふ  津久井健之

アンソロジー『俳コレ』に所収されている津久井健之氏の「ぽけつと」より。

掲句の季題は「兎」。何とも味わいの深い一句である。「兎」を飼う程度の「しづかな暮し」に連想が広がり、氏の大きな人柄を感じさせることが出来る。 しかしながら私は思った。津久井氏は私と同世代である。氏は、働き盛りで結婚もされ家を新たに建てられた。一流大学を出て一流の企業に勤める氏が、既に齢30半ばにて「しづかに暮す」と言うのはどういうことだろうかと。私自身の境遇と重なるところも多く深く内省させられた。

津久井氏は『俳コレ』18番目の登場である。『俳コレ』を読んでいて強く感じたのは、前半に漂う「窮屈」さである。 それは、特に前半に登場する若手の俳句に見られる、「老成感」と、「己」が登場する句に漂う「暗さ」である。安易な世代論はつつましなければならないが、私と同世代以下の俳人には、「明るさ」よりも「暗さ」、「外交的」より「内省的」、「開放」より「窮屈」が占める要素が大きいように思えた。

今回の『俳コレ』巻末の座談会の資料から、集録作家の内、「30代前半」と目される作家には、小野、福田、野口、松本、矢口、南、津久井、山下、阪西がいる。津久井氏以外についても、それぞれ「己」が出ている一句を揚げてみる。

黒飴の傷舐めてをる夜長かな 小野あらた
僕のほかに腐るものなく西日の部屋 福田若之
ふらここを乗り捨て今日の暮らしかな 野口る理
久々に会へば無職で仏桑花 松本てふこ
内縁の妻が子猫を拾ひ来し 矢口晃
鳰私のほうが息長し 南十二国
こたつに二人ゐて消しゴムは三つ 山下つばさ
嘘ついて来れば金魚に見られけり 阪西敦子
 

どうであろうか。どの句もこのアンソロジーに集録されるに相応しい佳句である。

己の境涯を強くも無く弱くも無く淡々と詠っている。落ち着きと言うか、内省振りが目に付いた。

一方、津久井氏より後に集録されている4名、(望月・谷口・津川・依光)の句も同様に見てみたい。何れも俳壇で巧者として知られる作家である。

枯芝をゆくひろびろと踏み残し   望月周
蜘蛛の巣のやうな吹雪を往診す   谷口智行
助手席の吾には見えて葛の花   津川絵里子
手の甲をつめたく流れ梨の皮   依光陽子

これら巧者の句には、そもそも「己」の姿が句に出てきていない。出てこないように上手く処理をしているのであろう。また、出ている句についても客観的かつ前向きに境遇を詠まれている。

『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』を通じて63名の作家の作品を読むことが出来た。私と同世代の昭和50年代生まれの俳人の作品も沢山目を通すことが出来た。3つの「コレクション」を読んでみての率直な感想として、年齢の上の方が「奔放」「自在」に、私と同世代以下の若手は「窮屈」に俳句を詠んでいる様に思えた。窮屈に見える理由は、句を詠むのに悩む「己」の姿が見えてきてしまう傾向があると感じた。年が上の世代の方はそこの辺りを上手く「消して」処理が行えている。その結果が、私のような「花鳥諷詠」を題目としている人間たちが言う「季題が効いている」ということであろう。

「花鳥諷詠」はお血脈の継承の中で捻れ、その解釈が広がって伝わっているところがあるが、本来は「俳句の内容は何でもあり」ただし、「季題が効いていて、対象に対してあるリスペクトを持つこと」という意味であると私は理解している。悩みの多い「己」が全面に出てきてしまう句は、季題が主役でなく悩む「己」が主役となってしまい、「花鳥諷詠」の俳句ではなくなってしまう。そのような句が百句の中に目立って来ると、どうしても私は息苦しさを感じてしまう。

我々の世代と言うのは、「失われた二十年」を生きて来たと言う「影」があるのも事実だが、まだまだそのような技量も足りないという点も事実であろう。勿論、この世代の俳人にも、『新撰21』に参加していた谷雄介(最近俳句詠んでいるのか?)、北大路翼、今回の『俳コレ』の松本てふこ、アンソロジーには参加させていないが己の感情を俳句にぶつけて壊さない妙手として知られるようになった御中虫、のように「私性」を的確に処理しているものもいるが、傾向としては陰を持つ句が多いと感じた。

『俳コレ』の特徴として、これまでの『新撰21』『超新撰21』のような年齢制限を撤廃しより幅広い層から作者を集めてきたことが挙げられる。幅広い年齢層の作者が集ったことで結果として各世代間の特徴が現れたのは興味深かった。自分自身も含めて、「新撰世代」(そんな言葉はないか)が各々の人生の歩みに句がどのように進捗していくか楽しみにしたい。

最後にこんなことを述べてしまうとどうしようもないが、私がただの「親父」になりつつあるのではないかと危惧している。

作者紹介

  • 杉原 祐之(すぎはら・ゆうし)

昭和54年6月6日生まれ。
慶應義塾大学俳句研究会、「惜春」を経て、平成13年「山茶花」入会。
平成19年「夏潮」創刊に参加。平成22年4月、第一句集『先つぽへ』を上梓。
好きな言葉は「花鳥諷詠」。俳句は弛め。

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