俳句時評 第3回(外山一機)

俳句の流通と享受について   外山一機

震災と俳句

 今から九年前、十八歳で上京するまで群馬に住んでいた僕にとって「俳句」とは何ともアクセスしがたい表現形式のひとつであった。むろん、草田男や兜太といった俳人は子規や虚子と並んで教科書に載っていたし、書店に行けば彼らの句を手にすることはできた。しかし僕が読みたかったのは僕と近い世代の作品であった。けれども、結社誌や同人誌というものとどう繋がればいいのかがわからなかったし、知ったとしてもひどく臆病な僕は手を出すことはなかったろう。同様に俳句時評という名で行われる行為もまた、僕にはひどく縁遠いものであった。そこに連なる固有名詞は僕には把握しがたいものばかりであり、だから僕は俳句時評という名で行われる営為のめでたさを、羨望しつつ呪っていたのではあるまいか。

 だがその一方で、俳句は僕らに近しい詩形式でもある。

テントから新樹を仰ぐ山の朝

 例えばこの句はコミック誌「ビッグコミックオリジナル」最新号の表紙に掲載されている句である。二〇〇六年九月~〇七年八月における同誌の発行部数は約八十六万部であるというから、この句も相当数の読者の目に触れられていることになろう。おそらく俳句誌に掲載されているどの句よりも多くの人に読まれている句ではなかろうか。

 この句を挙げるまでもなく、「俳句」と名付けられた言葉の連なりは至る所に出没し、そして僕たちは日常的に「俳句」を消費している。俳句史は俳句表現史であるべきだという議論は、僕たちがそのような生活を送っているという事情をなおざりにいている気がしてならない。僕らは、俳句がその表現レベルを云々されることのほとんどないまま流通している状況にもっと自覚的でなければならないのではないだろうか。

 その意味で、ここのところ話題になっている震災俳句は単に状況的な出来事として看過できない側面をもっているように思われる。極端な言い方をすれば、震災を詠んだ句はその表現レベルはともかく、今年最も多くの人に詠まれ/読まれるテーマの一つになるのではあるまいか。すでに述べたように、「俳句」は個々の句の表現の優劣とは異なる次元で作動することがあるのだ。だが、震災を詠んだり俳句によって励ましたりといった行為は、うかつにも僕自身のいる場所からはひどく遠いものに思えていた。少なくとも僕だけはそうしたことから自由であると思っていたのだ。けれども不思議なことに、『俳句』五月号の特集「励ましの一句」に掲載された高柳克弘の次の言葉はどこか違和感を僕に与えるのだった。

詩歌は社会に対する実効的な力を一切持たないが、そのことを恥じる必要はないだろう。役に立たなければ存在意義が無いという考え方が、原発を生んだのだから。今後も何の役にも立たない俳句を作っていきたい。(『俳句』二〇一一・五)

 この言葉はとても正しく、たとえば同特集で「明日を指す木の芽もコンパスの針も」を発表した土肥あき子に比べて、よほど俳句形式に誠実に向き合っている者の言葉だと思う。土肥の句に限らず震災特集に現れた句群の表現上の類似性や甘さは、そもそも三月十一日の現象を「震災」と定義してしまい、そこで思考を停止していることに端を発していよう。「震災」に対してあまりに無自覚な表現が並ぶなかで高柳の言は至極まっとうである。けれども「詩歌は社会に対する実効的な力を一切持たない」というのはたぶん本当で、同時に本当ではない。高柳の言は表現者の自負として確かに見事だが、たとえその句が表現としてどんなに愚劣であろうとも、その句の社会的な効力を決めるのは必ずしも作り手ではなくむしろ読み手のほうであろう。詩歌が社会に対して無力であるという言葉が作り手から出てくることが、だから僕にはひどく傲慢なものに思われる。

『俳句界』特集「夭折の俳人たち」

 夭折という言葉は、悲痛な響きと同時に甘美な趣をもって僕らに対峙しているようだ。『俳句界』五月号は「夭折の俳人たち」という特集を組んでいる。だがはたして「夭折の俳人」とは才能を惜しまれつつ逝った者の謂いであろうか。夭折には死によって生じるものと、それ以外の外的な要因によって生じるものとがあろう。例えば僕らはこれまでにその早熟な才能ゆえに早々に俳壇を去った者がいたことを知っているはずである。にもかかわらず、この特集における「夭折」には生きながら葬られた俳人たちの記憶が欠落している。「夭折の俳人たち」と銘打った特集は、同時に、ジャーナリズムの功罪を問うものでなければならなかったのではあるまいか。そうでなければ、結局「夭折」した俳人への視点は各俳人の境涯に陶酔しつつその死に慨嘆するだけものになってしまうのではあるまいか。そのようななかで、藪野唯至の以下の評言は目を引いた。

しかし「境涯」とは如何なる謂いか?境涯なら高濱虚子も、杉田久女も、尾崎放哉も、村上鬼城も、篠原鳳作も、鈴木しづ子も、現代俳人の誰彼さえも皆、これ総て「境涯」である。ネガティヴな極点で恣意的に限って「境涯の俳句」と言い、多様な生涯を生きた者たちを「境涯の俳人」として十把一絡げに括り挙げ、風流を気取る。これこそ俳句の病ではないか?(傍点原文。「イコンとしての杖」『俳句界』二〇一一・五)

 僕は氏の言のすべてに賛同するわけではないが、この企画そのものへの批判ともいうべき境涯詠享受の在り方に対する疑義は大切なものであると思う。夭折、境涯というパッケージはその俳人の伝説化を押し進め、その仕事についての本質的な議論を成り立たせがたくすることがある。たとえば本特集でも「夭折の俳人」としてとりあげられ、すでに伝説化しつつある「住宅顕信」について、僕たちはどれだけ十分に考えてきただろうか。

作者紹介

外山一機(とやま・かずき)

昭和五八年一〇月群馬県生まれ。

平成一二年から二年間、上毛新聞の「ジュニア俳壇」(鈴木伸一、林桂共選)に投句。平成一六年から同人誌『鬣TATEGAMI』同人。

共著に『新撰21』(邑書林)。

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One Response to “俳句時評 第3回(外山一機)”


  1. 5月13日号 後記 | 詩客 SHIKAKU
    on 5月 15th, 2011
    @

    […] 「俳句時評」は外山一機さんです。俳句の流通という視点からの鋭い指摘があります。 […]

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