キャラクター俳句?
『俳壇』8月号の特集は「妖怪百句物語――見えざるものと私」。面白そうと思ったので買ってみたんですが、考えてみると夏にお化けは定番中の定番・・・。でも楽しく読みました。こういうお題があったほうが個々のスタイルがひき立つ気がしますね。で、楽しんだままに気軽にコメント。
山姥もコンビニの客信州路 池田亮二
異界のものがテーマであってもこの辺に落ち着くのか、と感心。「も」の無雑作さがなんだかうまく働いてしまうところに、こういうスタイルのしぶとさがありますね。
蚊に負けてろくろつ首の戻りけり 太田うさぎ
一番人気の「ろくろっ首」。ビジュアル的にキャラが立っているからでしょうか。なかでもこの句はちゃめっ気も見せつつ、江戸の妖怪らしさがしっかり残った好句かと。
内臓にキスして欲しいらしい蛸 御中虫
タコは妖怪ではないでしょうが、妖怪らしい気味の悪さ、人懐っこさ、引きの強さ、他もろもろをひき立たたせる技が決まっています。
六つのあし胸に生えたり薔薇の上 恩田侑布子
虫を拡大するだけで妖怪じみた存在感を出した句。写生による異化といったところでしょうか。形がびしっと決まっていて、お題をとっても好句でしょうね。
蝶の昼わたしはさとりあなたもさとり 倉坂鬼一郎
さとり、とはさすがのセレクションですね。それだけで、他の方の句より頭ひとつ出てますが、「蝶の昼」との取り合わせ、下五の字余りもいい感じ。
サングラスしてつちのこの目撃者 塩見恵介
異界のものがテーマでもこんなところに落ち着くのかー、と二度目のコメント。「サングラス」つけただけでいいのか、軽いなー、この軽さはいいですね。
はる の よ の ゆめ の はんげんき は しらず 高山れおな
深読みしなければこんな特集面白くないでしょ、とでも言いたげな作者コメントが楽しい。他の作者との断然感?もまた楽し。
藤匂ふとろりとろりとろくろ首 鳥居真里子
ろくろ首、二句目。こちらはちょっと妖艶さがある正統派でしょうか。「とろりとろり」の擬態語で体感が伝わる、反面、ろくろ首の異形さはすこし減か。
雪女抱けば死ぬとは知りながら 真鍋呉夫
ぬけぬけと、という評言がありますけれど、これこそぬけぬけと、という句ですね。くささを計算し尽くしているというか。
雪女郎抱いて全身凍傷に 八木健
もう一句、雪女の句。並べると、こっちがオチみたいですね。
特集からではないですが、
汝が寝息吸うて眠らむ夜の涼し 榮猿丸
ユニコーン水飲む夜の噴水に 神野紗希
も、同テーマとして読んでみたらどうかと。真面目にいうと、俳句における虚構性(フィクション性)を考えるうえで、なかなかに貴重な特集なのではないでしょうか。
なんでこの特集に目がいったかというと、どうやら、しばらく前に『船団』第89号を読んでいたせいであろうと気づきました。こちらの特集は「マンガと俳句」。全体には昭和の漫画を持ち出してちょっとノスタルジックな味付けに使う、といった安易さが目につきましたが(「週刊俳句」かどこかでどなたかが批評を書かれていましたね)、面白い句もありました。
春の星世界はデッカイ乳で成る 山本たくや
80年代から90年代のおたくの屈折した明るさがよく出ていると思います。そんなもの出してどうするんだという気もしますが。
八月のピカをさえぎるアンパンマン 芳野ヒロユキ
川柳書きとしては、言ってくれるじゃないのと思う、といったところ。渡辺隆夫さんとかが書きそうなまったく酷薄なエグイ句ですね。
龍天に登るさよなら力石徹 鈴木みのり
ぬけぬけと、のパターンなのか、それとも本当の思い入れがあるのか、迷うところですね。「龍天に登る」なんて季語はこんなふうにしか使いようがなんじゃないか。
鳥雲に入るピストルのお巡りさん 若林武史
ノスタルジアですね。ノスタルジアが悪いわけではないので、と引いてみましたが、特集を離れ、『バカボン』を離れてみると、妙に物騒な句に見えてきて面白いかも。
サザエさん謎だらけです草田男忌 金成愛
われわれの言語状況、メディア環境がいかにややっこしくなっているかを表す句、というと大げさですけど・・・。漫画の謎解き本などというものが読まれる、というのと、俳句界(内輪)の人物の忌日を季語にするっていうのは、どこか通底している気がしますね。ちなみに『礒野家の謎』が出たのは1992年。これさえ、ノスタルジアの彼方か。
冬の星遠ざかりつつ眼のエドガー 岡野泰輔
萩尾望都『ポーの一族』を扱った連作から。古典としてちゃんと作品を読んでの作句ですね。「マンガ」というものの何となくなイメージを利用するのはどうか(まんがジャンルの総体を批評的に扱って、なんてのは無理でしょうし)と思いますが、こういうがっぷり組むかたちで他ジャンルを参照するというのはアリでしょう。というか、みなさん、もっとやってくださいよ。
二つの特集を続けて読んでみて、手法として使えるのは「キャラクター」ではないかと思いました。「キャラクター俳句」ですね。虚構性(フィクション性)と先に言いましたけど、すでに確立されたキャラクターを登場させて、虚構性を意識させながら読ませる工夫というのはアリではないかと。これは古川柳のオハコであって、『誹風柳多留』から引くと、
仙人さまあとぬれ手で抱き起し 一九・6
夜という偏に鳥だと笏で書き 一〇・42
山吹の花だがなぜと太田いひ 二二・17
洛中に桔梗の花が三日咲 一二・36
やせこけた死骸があると蕨取り 二・27
なんているのがあります。注釈がないと今はふつう読めないのがほとんどですけど、表現としての面白さはあると思いますので、現代俳句にも取り入れてもよいでしょう。また現代の川柳ではどうなっているかというと、私見では、サラリーマン川柳の「サラリーマン」とかは一種フィクションですしね。そのフィクション性を積極的に意識すればもっと面白いものになりそうですが・・・。
ちょいと別パターンで、渡辺隆夫の第四句集『黄泉蛙』(2006)から。
雨夜のラマダン月夜のベランダマン 渡辺隆夫
屋上のベランダマンは人畜無害
シリウスも凍るベランダ喫煙所
ベランダマンをパンパン叩く隣の嫁
月の出を待つベランダマン症候群
お父さん ベランダくらぶから電話
ベランダを降りたらダライ・ラマになる
既成キャラではなく、「ベランダマン」というのを作ってしまった例ですね。もっとも「ホタル族」なんてのが話題になってましたので、まさにオリジナルっていうわけではないですが、逆にそれがいい感じなんではないでしょうか。上に引かせていただいた妖怪、マンガの俳句、古川柳でも、どこか時代の厚みというのを感じさせるのに、キャラクターの手法がよく効いている、という気がします。
(「詩客」サイト停止があったので、上の文を書いてから暇ができました。で、考えていると、俳句でも、高山れおな氏の「麿」俳句(「麿、変?」←これで一句!)、とか、筑紫磐井氏の歴史もの、それに「高濱家」シリーズ(?)なんかはキャラクター俳句だよな、と。短歌では、穂村弘著『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』はキャラクター短歌の傑作ですよね。他にも、笹公人氏の「念力」シリーズも。短歌ではすでにメジャーな手法といっていいのかな。)
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先週の外山一機さんの時評は面白かった。ブラジル移民の俳人をとりあげて、「俳句でもやろうか」というありふれて聞こえる呟きから、多くを読みとっているのだが……、以降は本文をお読みください。
といわけで(?)、国際ネタつながりで、Icebox (https://hailhaiku.wordpress.com/)という英語の俳句ブログに掲載されていた記事を紹介してみましょう。このブログで「英語俳句に欠かせない三つの特質は何か? What are the 3 essential characteristics of English haiku?」についてアンケートをしたらしいのですが、その結果報告です。ちなみに選択肢としてあげられているのは、
- transience (akin to sabi) はかなさ(さび?)
- lightness (akin to karumi) 軽さ(かるみ)
- lack of poetic voice / everyman’s 詩性文体の欠如/一般性
- Zen 禅
- humour ユーモア
- other (DO NOT SPECIFY) その他
- animism / wonder / awe アニミズム/驚異/畏敬
- originality / freshness 独創性/新しさ
- poetic voice 詩性
- real experience 実体験
- open-endedness 開放性/非限定性
- sound / cadence 音/韻律
- sensation 感覚
- present tense 現在時制
- moment 瞬間
- three lines 三行
- 5-7-5 syllables 575音字
- intersection (time/place, past/pres., poet/place) 交錯(時と場、過去と現在/作者と場)
- juxtaposition / image contrast 並置/イメージの対照
- brevity 短さ
- omission 省略
- cut / break / leap 切れ/断絶/飛躍
- seasonal reference 季題
- keyword (distinctive connotations) キーワード(特徴的な暗示的意味)
- resonance 響き
の25項目。この選択肢にかなり独断と、日本人から見ると妙に見える部分があると思いますが、それも英語俳句というものが20世紀初頭からたどってきた、それなりの歴史を示しているはず。で、投票数が多かったのはどれでしょう?(回答者はだいたいイギリスの俳句を専門に書いている人のようです)。
じらしてもしょうがないので、結果を書いてしまいましょう。一位は「brevity 短さ」(30票)、2位は「originality/freshness 独創性/新しさ」(29票)、3位が三つあって「juxtaposition/image contrast 並置/イメージの対照」、「real experience 実体験」、「resonance 響き」。その後、「moment 瞬間」、「cut/break/leap 切れ/断絶/飛躍」、「open-endedness 開放性/非限定性」と続きます。回答数が少ないし、偏っていると思うので、これが英語で俳句を書く人たちの一般的傾向とは言い切れませんが、日本語俳人とは違った視点もある、というのは感じられるのではないかと思います。
「短さ」が一位、というのはそうだろうなという気がしますが、2位の「独創性」は選択肢に「lack of poetic voice / everyman’s 詩性文体の欠如/一般性」というまったく反対に見えるのが入っていて、3票入っているというのが面白いですね。「sound / cadence 音/韻律」と「resonance 響き」ってのはどう違うんだろう、とか、いろいろ考えさせられます。「Zen 禅」や「moment 瞬間」といった少し前には、英語俳句につきものだった観念が薄らいでいるのにも注目。全体に、日本での傾向も取り入れながら、英語での俳句表現を自由に模索しているさまが伝わって楽しい記事です。
『一億人の~』とか書名につけてしまうセンスというのは、俳句が日本人にしか通用しないという思い込みか、戦略的にマーケティングの範囲を限定しているのかは分かりませんが、どうもいただけん気がするんですが、ね(とか言って、ちょっとカドを立ててみたりして)。