俳句時評 第57回 山田耕司

それは「うしろめたい俳句」と呼ばれていて。

「俳句道」と総合誌

俳句は、その輪郭がすべて目に見え意識できる宛先に向けて書かれているようでは、ダメなのではないか。もっと高く遠く、見えない宛先へ向けて書かれるのでなければ、予定調和的な、いわば天井のある表現になってしまうことは必然ではないか。

上田 信治 (「澤」2012年7月号 「俳句の宛先について」より)

俳句総合誌「俳句界」7月号の特集は「“震災”想望俳句の是非」。

特集の扉に書かれた文をそのまま記す。

震災想望俳句とは、震災未体験者が、テレビやインターネットの映像、新聞や雑誌の写真などを見て、震災を詠んだ句のこととする。
震災は、俳句の世界にも大きな衝撃を与えた。
総合誌、結社誌、新聞俳壇には、多くの震災想望俳句が発表された。
そもそも想望して作ること、画像を見て、俳句を作ることとはどういうことなのか。
3・11から一年と四ヶ月。今、そのあり方を考えてみたい。

そこから続く特集内容は次の通り。

インタビュー 金子兜太
論考~メディアの側から~ 戸松九里/鳥居三朗
テレビ映像俳句ってあり!?  山本素竹/篠原信久/中村 裕
検証 戦火想望俳句の俳句史的成果と賛否 仁平 勝/川名 大
激論! 震災想望俳句 賛成? 反対?
安西 篤/田島和生/長峰竹芳/上野一孝/室生幸太郎/水野真由美/花森こま/小暮陶句郎/中内亮玄/佐藤成之 

この特集は、かなり混乱している。
東日本大震災をめぐる感情が多様であってまとめきれないという意味ではない。
編集部における「震災」および「俳句」の扱い方が、どうも雑なのである。

執筆者も戸惑いを隠さない。

(前略)「震災想望俳句」という名称は「震災」も「想望」も「俳句」もナメているのではないだろうか。

そして「賛成派? 反対派?」について言えば実体験の有無を問うこと自体が俳句表現の問題を回避している姿勢だと思う。俳人が問われるのは作品の対象や体験ではなく作品の表現だ。(「賛成、反対の問題ではなくて」水野真由美)

すくなくとも扉文からは次のような編集部の姿勢がうかがわれる。

◎ 「震災体験者」と「震災未体験者」を区分することができる。
◎ 「震災未体験者」は「テレビやインターネットの映像、新聞や雑誌の写真を見て」こそ震災について句を作る。

はたして「震災」とはどこまでの内容・程度を指すのか。
このことひとつをとりあげただけでも、たとえば「震災未体験者」という言葉は社会認識の不用意さを物語る。
あらかじめ議論の対象を囲い込むにしても、あまりに、雑。

ともあれ。

ここは見方を変えてみると、俳句総合誌としては「体験」と「未体験」の区分を設け、「未体験」の作者が作品を作るにあたってのガイドラインを示そうとしているのだといえよう。とりもなおさず、そのガイドラインの対象がたまたま「震災」だったというわけだ。いうまでもなく、俳句総合誌において、句をつくることを念頭においたこうしたガイドラインの提示は、「震災」を対象とするだけにとどまるものではなかろう。俳句を作るということはそれそのものが「誰かが示すガイドライン」の枠の中で自己を開放していく営みであり、かつ、そうしたガイドラインを示すのが俳句総合誌であるという考え方があってこそ、こうした特集への姿勢があると思えばよい。

ちなみに、当企画においてあらかじめ論考を求められている仁平・川名両氏は別として、執筆者において与題をさておき「戦火想望俳句」について紙幅を割く人が少なくないのは、「震災想望俳句」なる名称の出どころからみてもいぶかしむところではない。しかし、そうした表現史における類型への考察は、興味深くはあるが、前述のガイドラインを成立させるためにはたいした寄与をしていない。俳句総合誌がこうした姿勢で特集を組むのは、表現史における格闘の履歴を対象化し、ひいては自らの作句を客体化することを目指すものではない。ガイドラインを希求するということは、内省的な視点を持たずにすませたいという願いにほかならない。

そうした視座から読むに、「うしろめたい俳句」と題された山本素竹氏の文章が妙味にあふれていた。

自然からの感動、から絵画も音楽も生まれました。俳句もそうでしょう。人間にとってさまざまな恩恵をもたらす自然、そして時に災害をもたらすのも自然。俳句は自然の、ほんのほんの小さな真実を発見し、表現する文芸と思います。遊びといえば遊びの世界、食うため生活のためのものではありません。ともかくこのたびの災害そのものは季題ではないし、もちろん現場にいない作者による俳句は季題からの発想ではなく、心を揺り動かされた映像からの情の俳句。現場の恐怖もなく、簡単に言えば「お大尽のお遊び」。無責任な他人事俳句で作者の自己満足に過ぎないようです。お手伝いがしたければ除染のボランティアに行けばいいのです。

もっとも職業俳人であればまた別で、何も申し上げることはありません。破廉恥と言われようが請われればなんでもするといいでしょう。それは食うためだろうから他人がとやかく言うことでもありません。

しかし趣味で俳句を楽しむ方々は自らを律し、清く正しく行きたいものです。ささやかな嘘が、捏造が、それまでの誠実な人生の汚点になったりしないでしょうか。もし映像での俳句が許されるとすれば、その俳句に作者の傍観者としての立ち場がはっきりしていることが必要です。あれほどの犠牲者を出した大災害。いささかでも当事者のような顔をした俳句は不謹慎です。コタツで茶菓子を食べながら眺めた映像、そんな俳句に感想などさせられたとしたら私は後悔します。

この意見を「実体験の有無を問うことは俳句表現の問題を回避している姿勢」として一蹴することもできなくはない。しかし、まず論述の方向性をあげつらう前に、山本氏が編集部からの求めに誠実に対応しようとしていることを見逃してはならない。いや、むしろ、こうした声を想定し対応しているのが、総合誌の位置なのかもしれない。

その上で、あえて山本氏の姿勢を言い表すとするならば、これぞ「俳句道」。

他律を自律として徹底させることで、自らを「清く正しく」保つことこそが、俳句道の本意であることが明確に述べられている。金銭によって志を乱されること無く(「食うために」「嘘」や「捏造」を重ねる「破廉恥」な「職業俳人」とは誰のことだろうとしばし考えてしまいました)、俳句の表現がたとえ感動的であったとしてもその作品の成立に「不謹慎」なところがあってはならない、という俳句道の心得。つまり「文は人なり」。

「戦火想望俳句」とは、とりもなおさず「文は文なり」という表現意識の発現であるととらえてみれば、山本氏のような意見との乖離は、震災の捉え方の差異などでは埋めようも無いものであることは言うまでもない。

つまり、ガイドラインの提示とは、「うしろめたい」気分にならないで俳句を作るためにはどうしたらよいか、という「お墨付き」の提示にほかならない。あえていえば、俳句を作るにあたって「表現として面白いから」という動機を持つ人もいれば、「自分が清く正しい」ということを感じていたいからという動機を持つ人もいて、前者は他律を疑うのに対して、後者は由緒ある他律を求める傾向があるのだろう。そして、俳句の世界には、圧倒的に後者が多いからこそ、そうしたガイドラインを示す行為は繰り返されてやまないのでもあろう。(註:この場合の「由緒ある」とは、歴史文脈に即したという意味ではない。有名な俳人が保証したという程度の意味である。)

そうして見れば、俳句総合誌における「商業主義」とは、「俳句を作ること」「俳句を作る人」への全面的な肯定および安心してそういう心境にいるための指標づくり、ということになるのだろうか。

金子兜太はインタビューにおいて、このツボをはずさない答え方をしている。内容のつじつまが合うか合わないかなど瑣末のことなのだろう。さすがである。

さて、俳句誌「澤」7月号は創刊十二周年記念号。

特集/震災と俳句

極私的震災俳句論 宗田安正
翳る季語、変貌する無常観 中嶋鬼谷
今、大震災に俳句を思うこと 渡辺誠一郎
俳句の宛先について 上田信治
三・一一 俳句の可能性 照井 翠
震災と俳句と私  野崎海芋
「震災以後」と俳句 関 悦史
私たちはなぜ、それでも 神野紗希
書かれなかった虚子震災俳句 中岡毅雄
震災と文学:ヴォルテールの場合 小野正嗣
和歌と鎮魂 望月とし江
お母さんの方からいらっしゃいましたか 斉藤齋藤
火の鳥となって 長谷川照子
被災地俳人の震災秀句鑑賞 押野 裕
プルトニウム・花・高梁・トイレの水 藤江 梓

被災記
震災体験と俳句に思う 風間博明
三月十一日のこと 宮川それいけ
見えざるもの 生井敏夫

「震災以後の一句」鑑賞/(七十九名)

各論考にふれるのは割愛。告白するが、これほどに結社誌をむさぼるように読んだことはかつてなかった。

総合誌が、俳句表現の可能性を見通すべきステージとは限らない。
結社誌が、主宰のもとで「俳句道」に邁進しているとは限らない。

もとよりそのような先入観はとうの昔に置いてきたつもりでいたが、さて、眼前に俳句誌2冊。

それぞれの書き手に敬意を抱きつつ、ともあれ、紙媒体の俳句誌のメディアとしての行方のさまざまを思った次第。

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