土曜日   石田瑞穂


土曜日   石田 瑞穂

白い息が灰色の空気にたゆたっていく 
ロンドン中心部 
今朝の気温はマイナス十三度 
世界創造にはどこか 
深刻な手違いがおこっていて 
実在の神も神の不在も責めることはできない 
病院の庭を歩きながら 
人間の不服従についての 
言葉を書こう 奏でてみようとする 
楽園からの失墜 
シロツメクサたちの 
下降する音形 
オーボエ 七音 九音 
寒さで足は感覚がなくなり 
患者用の小径を踏みしめるリズムで 
イングリッシュホルンのG音から 
リタルダント 
晩い秋の 
クロウタドリのように舞い戻る下降音 
凍った固い土に跳ねかえって 
対位法で上昇するチェロの鏡像イメージ 
ゆるやかな曲線をえがいて視界から消える 
年ふりて踏み荒らされた階段が浮かんだ 
「あいつもいい女だったのに」 
「鏡に映った自分の顔さえわからない」 
いつだって音が感じさせるのは 
手の届かないものへのふとした憧れ 
僕はおぼつかない指で 
自分の頬骨にそっとふれてみる 
喉を甘美なもので詰まらせそうになりながら

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