穂ばな 河邉由紀恵
とおくはなれた野までずうっと歩いて来てか
のこ草の枯れた穂ばなをつんでいます小さな
蝶をそだてるために摘むというのですが本当
はだれのためなんのためなのかわかりません
草原のところどころに咲くかのこ草を摘んで
ちぎって半透明の袋のなかへ入れるだけです
が七十五ほんも枯れた穂ばなをかさねると左
手にさげた袋がふわりぶわりとふくらみます
ほらそこに足もとに葛の葉がからんでいるし
いばらのとげもあるまむしにかまれるかもし
れないかるかやの葉がもたれあいうすくてい
たい声がしていますささらあささらあともう
おばあさんになってしまった母の声がして私
の袋は重くなるのです小さな蝶をそだてるた
め枯れた穂ばなを摘んで入れるたびにささら
あささらあの声がして袋はおもくなるのです
枯れた穂ばなたちが袋のなかで蒸れて濡れて
くるしそうに左がわの部屋から出してくださ
いと言っています底にはじんわりとなみだが
たまっていたのでわたしは袋を落としました
もうこれ以上枯れた穂ばなを摘めませんしも
てませんわたしは母がはいった袋をかるかや
がしげるひろい海のような荒野においてきま
したそれから蝶のことは忘れてしまいました