水かきの人 草野理恵子
鳥なのか鳥のお面を被っている人なのか
壇上の者は薄く靄がかかりここからは遠い
拡声器を使って次々と裁いてゆく
並んでいる者には死刑が多く
僕のこの列が被告人の列なのか
裁判員の列なのかわからないままただ進む
目の前には巨大な人のコートのつるつるとした生地があるだけで
今日の天気とか最近の不景気について声をかけたいのに
前の人の頭ははるか遠くぼくの声は届きそうにない
裁判の様子がモニターに映し出されているのに気付いた
「病気」と裁判員が怒鳴り
鳥は「死刑」と叫んだ
病気じゃない 私はただ醜いできものがあるだけで
人に迷惑をかけている者ではありません
「死刑 気味が悪い」
僕の前の巨大な人の番が来てコートを脱いだ
蛙だった
「妄想狂」裁判員が叫び
「死刑」と例によって裁判官が声を張り上げる
蛙はあくびをし始めた
霧のかかる裁きの場で白い腹を上に向け 捌かれる
人々はその白い腹に刃を立てあふれ出る妄想を口に入れる
蛙の半透明の瞼を目に貼り眠る
夢の中では夜な夜な女を連れて帰り
指の間に刃を立て水かきを作る
細い女の指は肉が少なくうまく開かない
ぶらぶらと揺れハタキみたいになる
沼地に白いあぶくが上がる
女の腕を使いあぶくを岸に寄せる
私たちは何かの間違いで生まれたものたちに違いない
このあぶくひとつひとつの中で偶然生まれ
臭い息を吐きながら次のあぶくを作るものに過ぎない
夢の中で僕の番が来た
「死刑」人々の声にかき消され理由は聞こえない
きっといつか女の指の間を裂いたのかもしれない
その罪でいいと思った
自分の手のひらを見たかったがやはり靄は濃く見えなかった