第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門奨励賞連載第1回
植物図鑑
さとうはな
ひるがおが海のほとりに咲くようにわたしたちきっと雨に生まれた
この地では秋のはじまりに長い雨季がくる
ぽつ、と最初に地に落ちる一粒が
秋を連れてくる
秋は
無のはじまりだ
———————————————————-
【雨】
学名:rain
分類:バラ科 バラ属
花期:4月中旬~10月
花色:透明
観賞用として広く栽培される。一般的な四季咲きのほかに、冬咲きや春咲きもある。開花後、まれに虹と呼ばれる果実をつけることがある。
———————————————————-
【秋】
学名:autumn
分類:モクセイ科 モクセイ属
花期:10~11月
花色:黄、オレンジ
甘い芳香を持つ高木。日陰でも育つ。寒さにはやや弱く、寒冷地では寿命が短くなる。肥沃な土壌と澄んだ空気を好む。成長した木はバイオリン、チェロなどの楽器に加工される。
———————————————————-
ちいさな手帳に文字を書きつけるわたしの隣で
あなたは川の向こうのことを教えてくれる
(ここよりもっと荒れていた)
(大きな白い鳥が飛んでいた。なにか、小動物を捕っていた)
(風が強く吹いていた)
(支流のいくつかはもう涸れあがっていて)
(あのあたりはもう長くはないかもしれない)
声を失くしたあなたの話は
目線や手のうごきによって語られる
わたしたちだけに通じる
手話
途切れがちのラジオドラマに繰り返し引用された良きサマリア人
素描では暗く塗られたたてがみのつめたさをまだ覚えているわ
襟足の後れ毛ぬれてゆるやかに渦巻いている 夜だってそう
銀色の皿にならべるいくつもの骨のかけらと破れた手紙
夢を見た
放課後の屋上で 友達とトランペットの音を合わせている
楽器から生み出される細くやわらかな金属は屋上の手すりをすべって 空へと放たれる
千の日が昇り 千の月が沈んだ
友達はマウスピースからくちびるを離して
ねえ知ってた? わたしたち も う
(もうずっと昔、このあたりには森があった)
(ちいさい頃にピクニックに行ったことがある)
(奥にうつくしい湖があって)
(水鳥が棲んでいた)
(その湖も今はもう涸れてしまっただろう)
(全方位に、荒野は拡がっている)
———————————————————-
【夢】
学名:dream
分類:シソ科 ラベンダー属
花期:4~6月
花色:ピンク、むらさき、水色、金、しんきろう
花は夜間に開くものが多い。花、葉、茎ともに芳香があり古くから香料として利用された。19世紀の後半に乱獲され、ほぼ絶滅した。現在生息しているもののほとんどは亜種である。
———————————————————-
【森】
学名:forest
分類:ユリ科 カタクリ属
花期:4~6月
花色:緑、茶、青
木々のように見えるひとつひとつの小さな花が集まり、1つの花となる。大きく成長する品種が多く、栽培には広い土地が必要となる。果実の形状は多岐にわたり、鱗、羽毛、またわた毛に覆われたものもある。
———————————————————-
(川の向こうにある廃墟、あれはきっと学校だ)
(まだ火が燃えていて、近づけなかったけれど)
夢に出てくる風景はいつも夕方だ
温室のようにしつらえた硝子の部屋で
わたしは草花を育て、記録する
硝子瓶のなかに生態系をつくるみたいに
紫陽花を抱きしめているさっきまでプラネタリウムだったあなたは
草焼きがなされた野へと解き放つ牙を持たないたましいたちを
ひたすらにしずかでしたねかなしみを、真珠をあふれさせる手のひら
もうずっとあなたは炎ききらきらとペガサスの背にもたれかかって
———————————————————
【硝子】
学名:glass
分類:スミレ科 スミレ属
花期:11~1月
花色:透明、白、青
硬度は高いが、衝撃に弱い。扱いには注意が必要となる。硝子はときに武器となる。硝子で、命を落とすときのことを想像してみて。薄く透明な硝子で心臓を突かれるとき、それは熱いだろうか、それともつめたいだろうか。
———————————————————-
【炎】
学名:fire
分類:カンナ科 カンナ属
花期:7~9月
花色:オレンジ、赤
暑さや乾燥に強い。日当たりが良く、水はけのよい土地に地植えにするのが最適。花期は長く、こまめに花殻を摘めば次々に新しい花が咲く。すべてが焼き尽くされた後、なにが残るのだろう。球根と種との両方で増える多年生植物のように、火はすこしずつ、着実に、燃えたり消えたりを繰り返しながら静かに広がっている。
———————————————————-
苺やプチトマトの鉢に顔を寄せると土のにおいがする
ここはまだ炎からは遠い
世界で最後のふたり、って
比喩ならロマンチックだけど
本当のことだったらロマンチックじゃないね
(もうだいぶ崩れて、もとがなんだったかわからないものも多いけれど)
(旧い建物はたくさんある)
(大きな駅の残骸を見た。病院や、学校も)
(湖はもうどこにもなかった)
(火が収まったらトランペットを探しにいこう)
(ふたりはきっと、ひとりよりましだ)
(今よりもずっとましだ)
死ぬ星は内へとくずれゆくことを 朝の窓辺に図鑑をひらく
万華鏡ゆたかに回し夢にさえずっと行きたい場所を思った
あなたのセルロイドの眼が
朝陽を照りかえす