つひに子を生まざりし月仰ぐかな
第一句集『榧の実』に収められたきくの56歳の作品である。わたし自身に子がないこともあり、掲句の「つひに」のひと言には身を切るような痛みを覚える。
人間としての充実した時間はこの先まだ続くが、子が生める時代は無情にも限られている。自分で選んだ人生と胸を張ることができても、あるときふと子を残せなかったことへの後悔と罪悪感が胸に湧かない女がこの世にいるだろうか。
月を仰ぐとは、同じシルエットでありながら大樹や青空を見あげる健やかさとは対極にある。その姿は切なさであり、ひそやかな懺悔を感じさせる。集中に並ぶ
隠すべき涙を月にみせしかな
も掲句に続く嘆きの涙であろう。
月は愁訴を吸い込むために夜空に穿った穴のごとく口を開け、女はあふれる涙を夜の闇で包む。そして、月に放った詮ない思いをまた胸の奥にたたみ、日常という時間に戻っていくのだ。
きくの作品には時折輝くような少女が描かれる。それらは過ぎ去った日への羨望というより、まばゆい若さへの讃歌と、美しいものを愛でるような手放しの喜びが感じられる。
パンツ穿き口笛上手キヤンプの娘 「春蘭」昭和13年9月号
少女等の円陣花野より華麗 『冬濤』
ペダル踏んで朝六月の少女たち 『花野』
子どもを持つことの叶わなかったきくのにとって、出会った少女すべてが我が子のように映っていたのではないだろうか。