日めくり詩歌 自由詩 山田亮太 (2011/6/27)

『海の古文書』「四章 トランスミッション」より 北川透

——わたしとわが偉大な党の共和国のために 目前に迫っている永遠の古
代の理想のために おまえら十数億の虫けらどもは 餓死することも厭わ
なかった 虫けらどもの流す血は いまや腐敗し多臓器不全に陥っている
瀕死の帝国の汚れを浄化してくれた しかるに役立たずのインポテンツめ
西洋かぶれのこんこんちきめ 言わせておけば朝から晩まで不平不満を囀
っている三文詩人 あのふざけた京劇のふうてん役者 知識という糞壺に
はまったゴキブリ野郎 袖の下さえ貰えば何でもする小役人ばら 詐欺師
たち どんな神とも仏とも寝る淫売ども おまえら虫けらにも劣る へな
ちょこの貝割れ大根たちは 余の笑いの棍棒でぶちのめされる 情け容赦
は不要だ こいつら全部束ねて屠場に放り込め 犬に愛想よくすれば 犬
は尾を振って嚙みつかない おまえら虫けらにも劣る奴ばらに優しくした
らどうなるか 増長して好き勝手のやりたい放題だ だから こいつらに
は暴力だ 革命だ 内乱だ 虐殺だ 余の指一本で死にたがってる奴らを
天国におくりこんでやろう 何という快楽だ 余は笑う自動機械になって
しまったぞ 誰か 誰か 余の笑いを止めてくれ われらの血で染まった
美しい党と共和国のために 余は虫けらどもを自由自在にコントロールす
る 余は絶滅の帝王なのだ(・・・)

(『海の古文書』思潮社、2011年)


北川透さんの『海の古文書』は13の章から成る長篇連作詩です。
ここに紹介したのは、その中の5番目の章の一部です。
(「四章」なのに5番目なのは、「一章」の前に「序章」があるからです。)

何者かが誰かに向かって語っています。
「おまえら虫けらにも劣る」
「こいつら全部束ねて屠場に放り込め」
「こいつらには暴力だ 革命だ 内乱だ 虐殺だ」
とても暴力的な物言いですね。
「餓死」「多臓器不全」「瀕死」「糞壷」「ゴキブリ」「詐欺師」「淫売」「棍棒」「絶滅」
とても怖い、不潔な、痛ましい言葉が散見されます。

実を言うと私は、こうした類いの文章を読むのが得意ではありません。
生理的に受け付けない、といってもよいかもしれません。

スプラッタ映画というものがあります。
人間の身体が傷ついたり派手に血が飛び散ったりする映像を私は直視することができません。

猥雑な、醜悪な、おぞましいイメージを容赦なく列挙する。
それは、北川透さんの詩の大きな特徴であるでしょう。
ここで紹介した部分に限らず、詩集のどのページを開いても、鮮烈かつ具体的に暗黒なイメージを見いだすことができます。
ちょうどスプラッタ映画を前にして目を覆いたくなるのと同じように、言葉から目を背けたくなる。
そのような作用をもった詩を、ほかにあまり例を知りません。

にもかかわらず、私はそれを読んでしまいます。
いまこそこれを読みたいとすら思ってしまいます。
忌み嫌うはずの言葉を、こうやって切り取って別の誰かへとわざわざ提示しています。
何かの反動でしょうか。
どうなのでしょうか。

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