日めくり詩歌 短歌 さいかち真 (2012/6/20)

なにか明るい路をあるけば地下鉄の柔らかい車輌が俺をふっ飛ばす

営業になった者たち辞めた者たち オフィスに残った者たちのランチ

万緑の中に幼児はうち重なりてありがとう口がうごいている

みずをくださいなんとなくだるいですペットボトルの水をください

加藤治郎歌集『しんきろう』(砂子屋書房刊)

 破調や句またがりのみられる作品を引いた。会社の合理化に直面して、転職も考えた時期の一連の歌は、濃い徒労感を漂わせている。三、四首目は、「メルトウォーター」と題された一連に含まれている、不気味な作品だ。福島の原発事故後、水の放射能汚染が心配されたことを背景としている。「みずをください」という言葉からは、原爆投下後の広島・長崎の被災者の姿が、重ね合わせてイメージできるだろう。

 私はこれまで加藤治郎が会社に取材して作った歌があまり好きではなかったが、今度の歌集の歌は、作者が深刻な現実に直面して、よろめきながら作った空気が直に伝わって来て、よいと思った。浮かび上がってくる語り手の姿は、過大な仕事を前に疲労困憊し、やや鬱気味ですらある。合間に差し挟まれる相聞歌も、悲哀感をにじませている。そうして、自身の短歌の仕事においては、歌誌「未来」の自分の選歌欄の代表的な投稿者、笹井宏之が突然に夭折した。なんということだろう、こんなことが、あっていいのか。

あるときは青空に彫るかなしみのふかかりければ手をやすめたり

きみの残した牛のスケッチ幾枚か 乙女子の絵のあればかなしも

ティーバッグに天使が座っているようで、うとうと上下させているのさ

 二首目が、笹井への挽歌。私は、第二歌集以来リアルタイムで加藤治郎作品を読んできた。私はオウム事件に取材した歌を含む『昏睡のパラダイス』の方が好きだが、それは別のところに書いたこともある(『解読現代短歌』一九九九年刊)。今度の歌集は、たぶんあの頃よりも多くの読者の評価を得ることになるのではないかと、私は思う。時代の先端を走っていた加藤の修辞に、時代の方が追いついて、作者はその重圧に圧しひしがれそうになりながら、何とか言葉の球を打ち返している。その苦しげな様子が、同様に重苦しい現実に直面させられている東日本大震災後の多くの日本人の苦しみに通ずるところがある。時代の現実とわたりあう「私」の詩の言葉とは、どのようなものなのか。細部を論ずればいくらでもつつく所はあるけれども、この歌集は、一つの答を出していると言えるのではないかと私は思う。

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