「白い月」 ポール・ヴェルレーヌ
白い月
森に映え、
枝々から
葉をふるわせて
発する声……
おお、愛するひとよ。
底深い
池の鏡に
映る影、
その黒い柳に
風は泣き……
さあいまは、夢みる時。
ゆったりと
やさしい和らぎが
月の渡りの
虹色の空から
降りてくるよう……
いまこそは 妙なる時刻。
渋沢孝輔訳 有働薫著『詩人のラブレター』(2012年ふらんす堂刊)より
フランス語原詩の美しさもさりながら、この訳詩の見事さにうなります。学校ではなく、同人誌での恩師である渋沢さんの残された最晩年の奇跡的とでも言えそうなお仕事です。ランボー学者だった渋沢さんですが、早すぎる晩年にはヴェルレーヌのすっきりした短い詩も愛されていました。幾度口ずさまれただろうかと想像するところです。
原詩に沿って訳詩も、言葉少なに、しかしぱっちりと、的確な意味と言葉があてはめられて、「葉をふるわせて/発する声……」、「さあいまは、夢みる時。」、「月の渡りの/虹色の空から/降りてくるよう……」と、具体と抽象の調和が至福に満ちて胸に迫ります。
Uチューブで、この詩にレイナルド・アーンが作曲したフランス歌曲を、1978年生れの若い歌手フィリップ・ジャルスキーが歌っています。この詩の最終行「L’heure exquise」がこの曲のタイトルになっています。アーンがこの詩に作曲したとき、まだパリ・コンセルバトワールの学生で、晩年のヴェルレーヌの前で自身で歌ったそうです。詩は(歌によって)世代ごとに更新されて新しく伸びやかに息づきます。詩と歌はまことに永遠の愛を生きて行くのですね。