ささくれだつ消しゴムの夜で死にゆく鳥 『虚像』
またしても「で」だ。どうして「に」でなく「で」なのか。兜子が生きていれば訊いてみたいものだ。
この句は先に挙げた自薦二百句にも含まれている。当時の話題作でもあったようだ。消しゴムと鳥という所謂二物衝撃の句。ただそれを結び付けるのが「で」という助詞なので完全には切れていないような印象になる。今なら「や」で切りなさいと教える俳人が多いだろう。勿論古臭い表現からの脱却を図っていた当時の兜子としては「や」など使おうとの発想すらなかったであろうが。
梅里書房の昭和俳句文学アルバム『赤尾兜子の世界』の中で和田悟朗はこの句を取り上げて次のようの鑑賞している。
この句を書いた当座は、兜子は未完ながらも一つの試作としてこの句を大切にした。消しゴムを使うと紙がささくれだち、散らかったケバ(毛羽)が鳥の羽へと連想を呼ぶ。(中略)この句では、「ささくれ」「消しゴム」の実相からどこかの鳥の死の光景の雰囲気がもうろうと眼底に浮かんでくるという直感を書こうとしたものである。
なるほどそういうことかもしれない。だがそうすると「夜」はどうなるのか。確かにイメージとして消しゴムによる「ささくれ」と鳥の羽毛とは近い。しかしよく読むと「ささくれだつ消しゴム」と書いてあってどこにも紙は出て来ない。テキスト通りに読めばささくれ立っているのは紙ではなく消しゴムそのものなのだ。当時は今のように質のいい消しゴムはなかったろうから消しゴムそのものがささくれ立つこともあったかもしれぬ。まあそれはどちらでも大して違わない。筆者にはどうしても「夜で」が引っ掛かるのだ。消しゴムと鳥との橋渡しをする大切な位置にあるこの語が等閑視されてはなるまい。
鳥の死と夜と言えば宮沢賢治の『よだかの星』を思い出すがこの句とは関係なさそうだ。兜子の句の中の鳥としては
擦り減る階段突き抜け風にもまれる鳥
目なき頭垂る海をついばむ小鳥たち
骸の鳥ガラスのなかの花屋肥り
これらの鳥のイメージは必ずしも同じ方向を指していないようだ。「擦り減る」は実景のようだし、「目なき頭」には公害の告発、「骸の鳥」には温室の中でぬくぬくとしている人間そのものへの批判が読み取れる。だが「消しゴム」にはそのいずれも影を落としてはいない。
さらには「夜」である。この頃の兜子の句には「夜」の語が頻出する。昭和32年以後に限っても次に挙げるように多くの句を拾い出せる。
燦めく白い貨車の刹那刹那を渇く夜
霧の夜を浚え混み合う農夫の手
雨の群集にもまれ捨風船が夜に死ぬ
黒き肩ゆすり眠る夜の港は光る埃
蛾がむしりあう駅の空椅子かたまる夜
夜は溜る鳩声惨劇するする刷られ
ナイフが掠める檻の汚れた空で蒸す夜景
月や未明などを含めると夜のイメージがこの頃の兜子を覆い尽くしていたと言っていい程だ。ネオンが増えて明るくなってゆく都会の夜。それが戦後復興なった日本の象徴でもあった。力強く時代の申し子として突き進む当時の兜子にとって都会の夜こそが存在の拠り所でもあったのだろう。「ささくれだつ消しゴム」も「死にゆく鳥」も都会の夜の疎外感を如実に示すものではなかったか。