戦後俳句史を読む (22 – 2) 赤尾兜子の句【テーマ:場末、ならびに海辺】②/仲寒蝉

ビルの奥へ競りこむ汚れた雨の車旗         『蛇』

 昭和32年頃の作。新聞記者赤尾兜子による記者俳句と言ってもよい、一種の職業俳句、社会性俳句である。すでにこの頃には社会性俳句の金字塔と言われる沢木欣一『塩田』(昭和31年)、能村登四郎『合掌部落』(昭和32年)が刊行されており社会性俳句全盛の時代と言ってよい。有名な金子兜太の

銀行員ら朝より蛍光す烏賊のごとく

は『金子兜太句集』の「神戸」に収められているのでちょうど兜子と神戸で交流のあったこの頃の作であろうか。この句も銀行員である兜太による職業俳句と言える。兜太や兜子など、所謂前衛俳句の旗手と言われた人達にして矢張り時代の影響は免れず、社会性俳句と呼ぶべき作品にも手を染めていたのである。

 掲出句など真に臨場感あふれる写実的な俳句となっている。何か事件があったか、記者会見の会場に向かうのか、雨の中をビルの奥の狭い道へ新聞社の社旗(車旗)を掲げた自動車が次々と入ってゆく。「競りこむ」という表現が争うように先を急ぐ各社の車の様子を活写している。「汚れた」車旗に焦点を当てることで切羽詰まった状況をうまく表わしている。俳句の中に人は出てこないのに運転したりカメラや手帳を持ったりしている多数の人々が浮かんでくる。10-9という極めて定型を外れた詠み振りも事件のただならぬ雰囲気を伝えていて中々の秀句である。

 この句は必ずしもテーマに沿っていないと思われるかもしれない。しかし松川事件、下山事件、三鷹事件などの国鉄に関わる事件(これらはいずれも昭和24年)も砂川事件等の基地闘争もすべて場末で起こった。この俳句の「汚れた雨の車旗」には場末こそ似つかわしいと思うのだが。

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