雄の馬のかぐろき股間わらび萌ゆ
今回のテーマは「獣」である。しかしながら千空の句集をめくっても、獣を真正面から捉えた作品はほとんど見当たらない。
例えば、獣たちの代表的行為である「冬眠」の作例でも、
遠山とまだ冬眠の猿田彦 『白光』
といった詠みぶりであり、リアルな獣の姿からはおよそ程遠い。
けれども、もう少し広く「動物」(但し虫・鳥・魚などを除く)という視点で眺めてみると、次のような作品が目に付く。
耕牛の底びかりして戻りくる 『地霊』
秋風の羊ごつごつ闘へる 『人日』
三尺は跳ぶ闘鶏の始めかな 『人日』
いずれも農耕のため、趣味のために飼われている動物たちである(2句目は小岩井農場での吟行句)。千空にとっては、野生の動物たちよりもこれらの動物たちの方がずっと親しみ易い対象だったのだろう。
なかでも着目したのは掲出句である。第4句集『白光』所収。千空らしい骨太で、剛直な詠みぶりである。作品の焦点は、生殖器が存在する牡馬の股間に当てられているが、野卑な印象は全くなく、感じるのは原始的な生命力である。それを支えているのは、下五の「わらび萌ゆ」だろう。
話がやや脇道に逸れるが、この句を読んで想起したのは、青森出身の版画家棟方志巧の作品だった。共通するのは、おおらかな生命賛歌となっていることだ。
結局、獣という言葉に込められた野性や凶暴性は千空の作品世界に発見することは難しく、むしろ動物たちが人間の傍で懸命に生きている、その姿にこそ感動を覚えていたのだろう。