砂の本 相沢正一郎


砂の本
                   相沢正一郎

 あなたの眼が熱いのは、ちいさな活字を追った疲れなんか
じゃない、ページのあいだから吹き込んでくる砂埃のせい。
……それでもあなたは赤い眼をしたまま羊皮紙をめくり、風
が刻んだ砂の文様をあいかわらず読みつづけている。
 暗くなった家の天井裏に積もった砂がこぼれおち、ふやけ
たからだの節々まで砂をふくんで重い。……やがて、梁が腐り、
棟が折れ、砂に埋れてしまうだろう。
 本をとじると、あなたは汗と砂にふやけた布団にくるまっ
て戸外の風音を聞きながら眠る。ときどき目ざめては甕の底
のさびた水をのみ、砂まじりの飯を食う。……あなたはまだ、
ものがたりの中にいるのかもしれない――庭に咲いたコス
モスの花やちいさな唐黍の穂も。

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