スケープゴートの子守唄 伊武トーマ
「詩人とは言語が存在していくための手段」(ヨシフ・ブロツキイ)
ゼウスの怒りを一身に
地上へ叩き落とされた
そうさ、おれは
プロメテウスのスケープゴート。
人はおれを火と呼んで
怖れもされ
敬われもされていたが
いまはおれを核と呼び
恐怖も憎悪も超越し
全人類の脅威の的だ。
けれど
人間はおれを利用した。
人間は手なずけたものと思い込み
おれを利用し続けた。
もちろんおれも
手なずけられたふりをして
闇にうごめく獣の牙から
人間たちの身を守ってやった。
凍える夜には
いのちの火が消えぬよう
人間たちにぬくもりを与えた。
かわいい人間たちが
いい気になって甘えるまま
森を焼き払い
道なき道をひらき
村を街を築き上げてやった。
やがておれは
殺戮の道具となり
人間の欲望に火をつけ
人ごと村ごと
そして街ごと焼き払った。
飽くなき欲望の火は
街から都市へ飛び火し
都市から都市の臓腑を焼き尽くし
欲望ありきの帝国を築き上げた。
そして金だ。
すっかりおれを
手なずけたものと思い込み
おれに対して
これっぽちの畏怖もなくした人間は
おれを金で売り買いした。
人間の生活を根底から支える下僕。
おれは羊の顔した電力と呼ばれ
金を吸いとる道具と成り下がった。
欲望が無尽の金を欲し
金が無尽の欲望を生み
ふたたび
帝国と帝国が角を突き合わせ
冷戦と呼ばれたあるとき
ゼウスの言語で書かれた一篇の詩を
数字と数式に翻訳するクロノスのスケープゴート
〝物理学者〟が「E=mc2」を人類に発信し
おれは核と呼ばれるようになった。
それ以来
おれは高く売られた。
ドルで。
ポンドで。
ルーブルで。
核と呼ばれるおれは
未曾有の恐怖と無尽の脅威に裏打ちされ
帝国と帝国の
最終にして最期の
政治的駆け引きの道具として
金が金を生む数だけの世界で
おれは高値を更新し続けた。
そうさ、おれは
プロメテウスのスケープゴート。
神話の頁を転げ回っていたおれは
ちょいと気まぐれに人類と付き合っていたが
もうそろそろ引き際のようだ。
ひまわりが
いくら咲き誇っても
太陽にはかなわぬように
しょせんおれは
ゼウスにかなわぬ
プロメテウスのスケープゴート…。
眠れ、人類よ。
人類よ、眠れ。
スイッチというスイッチを切り
情報を経済を隔絶し
政治に背を向けよ。
残りわずかのマッチを擦り
裸のままのおれを呼べ。
眠れ、人類。
人類よ、眠れ。
裸のおれが現れたなら
ひ弱で脆いロウソクの頭におれを移し
人類よ、おまえは今度こそ
おれの姿を見失わぬようロウソクを運べ。
獣の牙がうごめく闇から闇へ
いのちの火が消えかかる夜から夜へ
裸のおれを運び
人類よ、震えて眠れ。