光の雨     楠誓英

  • 投稿日:2013年12月13日
  • カテゴリー:短歌

楠短歌131213

光の雨     楠誓英

胸内の淋しさに似て忘れられし傘が一本待合にある

疑惑へと向かひて人を憎む日に傾いて立つ吾の自転車

追ひだされしホームレスのあとに咲くケイトウ次第に人の脳になりゆく

雨の日の床の濡れたる廊下には時折海のにほひがしてゐる

水底の蟹のごとくに雨の日の廊下でストレッチする少年

雨をぬひ逢ひくれし君の体から水の匂ひが部屋満たしゆく

遅刻者を叱りつつ窓の外の山に近づく黒き雲を見てゐる

海中の魚の群に似て雨の日の廊下を走る陸上部男子

傘もなくかけゆく少年うつむきて影おびし顔兄に似てゐる

雨道をタイヤが幾度も走る音しだいに夜の波音になる

雨をきるタイヤの音が遠ざかり海底のやうな眠りに落ちる

相容れぬ哀しみあればくり返し入れても出てくる硬貨が光る

水槽に一匹残つた魚のやうに青年が列車の窓に寄りをり

雨をぬひ御堂に入れば観音も足の裏より冷えてゆくなり

青き夜に経を開けば変はりゆく「なもあみだぶつ」が「なみだあふれつ」と

作者紹介

  • 楠誓英(くすのき せいえい)

1983年1月7日兵庫県神戸市生まれ。2003年頃より短歌を始め、2005年末に「アララギ派」に入会。常磐井猷麿氏に師事。2007年、第22回「短歌現代」新人賞受賞。2010年、「アララギ派」の若手とともに合同歌集『月林船団』(ながらみ書房)を刊行。2013年、第1回現代短歌社賞受賞。

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