赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第4回)                  ~俳句病棟~ / 御中虫 « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第4回)                  ~俳句病棟~ / 御中虫

山奥深き小さな病院。さまざまな症状を訴える患者があらゆる病院を転々とした挙句、最後にぶちこまれるのがここ…つまり、現代医学が匙を投げた患者たちの巣窟である。では何をもって治療するのか。それはおいおいわかるので措くとして、ここに長年入院し続けている一人の女性がいた。名前は御中虫(オン・チュウチュウ)。自らを「希代の大俳人」と自称してはばからぬ典型的妄想狂なのだが、ナース達の間では「大廃人の間違いだろ」と冷笑されていた。

オン・チュウチュウの朝は主治医に喚くことから始まる。
「先生!あたしもうこんな生活いや!家に帰りたい!家に帰る薬をください!」
毎朝のことなので、主治医も手慣れた調子で話を合わせる。
「はいはい、では今すぐ家に帰る薬を出しますからね」
そう言って手渡したのは一枚の短冊。

春の雪小石を拾ひつつ帰る 山下つばさ

そう、ここは俳句によって患者の心を治療する、一風変わった病院なのである。たくさんの句集が医務室には並んでいるが、どれもこれもオン・チュウチュウには効き目がなかった。しかし、今日は違う。『俳コレ』という最新の句集が入荷されたからだ。これに収録されている句ならば、あるいは…主治医は固唾を飲んでチュウチュウの顔色を伺う。
「わあ、素敵な句…そう、あたしこんな薬を待ってゐたわ先生…あわあわとした春の雪、地面についたらすぐ解けてしまって…そんな道、決して大通りではないわ、小道なのね、この小道を帰るのね、あたし、小石を拾いながら…小石は何かの思い出かしら?それとも未来への希望たち?ほんとに、いい…」
「ご回復なによりです」
と主治医はうれしそうにほほえんだ、そのとき!
「だがな、つばさ!」
オン・チュチュウは突如人格が変わったように荒々しく叫んだ。(ああ…この句もだめなのか)主治医は落胆の色を隠せなかった。言い忘れたが、彼女は重度の妄想狂だけでなく、重度の二重人格障害でもあるのだ。ドスのきいた声になったチュウチュウは長椅子に足をかけてまくしたてた。
「なんだよこのゆるふわ句はよ!かわいこぶってんじゃねーよ!このつゝましひ幸福感、春の雪、小石、それだけであたし満足って嘘だろっつか、この仮名遣いまじむかつくんだけど!【拾ひつつ】って、旧かなで更に、つゝまし感演出してんじゃねーよ!ここは【拾いつつ】と現実に足をつけておく方が、あとの【帰る】に重みが増すんだよ!てめーの句の仮名遣いだと、結局どこへも帰っていけねー風船迷子女にしか見えねーぞオラ!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
チュウチュウはナースに羽交い絞めにされて鎮静剤を一本打たれた。とりあえず、落ち着きを取り戻したチュウチュウは、
「あら…あたし、どうしたのかしら?なんだかおなかがすいたみたい。朝御飯食べてきますね、先生」
といって食堂へふらふらと歩いていった。
…はあ。
と、ため息をつく主治医。
「でも先生、諦めるのは早いと思います」
「そうです、たまたまあの句が合わなかっただけかもしれませんわ」
「なにしろ『俳コレ』なんですから…」
なぐさめるナース達。
「ありがとう、みんな。私も『俳コレ』には期待しているんだ。気鋭の22人もの句が収録されているんだ、どれか一句ぐらいは彼女の琴線に触れてくれるだろう」
「がんばりましょう、先生」
オン・チュウチュウと医師たちの長い一日が、こうして今日も始まった…。

「先生!先生!」
午前9時。オン・チュウチュウは大声で主治医を呼びつけた。
「どうされましたか」
「めまいが!めまいがします!世界が滅びます!わああああ!」
「落ち着いてください、チュウチュウさん。めまいならば、このようなお薬はいかがですか」

ゆらゆらと金魚のふんやヘリ通過 山下つばさ

「ほらね、金魚のふんが儚くゆらゆらゆれていても、あなたの頭上にはしっかりとした重量のあるヘリが浮かんで、そして安全に通過してゆきますよ。めまいなんて、そんなもんじゃないですか。世界が滅びたりはしませんよ。この平和な句を味わって、さあ、しっかり…」
主治医は一生懸命チュウチュウを諭した。
チュウチュウも神妙な面持ちでその言葉を聞いていた、しかし、やおら頭を一振りすると、
「あのな、つばさ!きさまのゆるふわ句にはまったく心底から飽き飽きしてんだよ!【ゆらゆらと】って言いたかっただけなんでそ?おまへは?金魚のふんがゆらゆらしてることぐらい、周知の事実だからな、あえて言及するってことは、【ゆらゆらと】って言いたかったんでそ、そのかわいい唇で?【ヘリ通過】なんて無理にお堅くまとめようと努力しているところは買うがな、所詮おまへはヘリ止まりなんだよな、そこんとこ自覚ある?『ブルドーザー通過』とかは言えないって自覚ある?ねえねえ自覚ある?かわいこちゃん!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
チュウチュウはナースに羽交い絞めにされて鎮静剤を一本打たれた。とりあえず、落ち着きを取り戻したチュウチュウは、
「あら…あたし、どうしたのかしら?なんだか喉が渇いたみたい、ちょっとジュース買ってきますね、先生」
といって自販機へふらふらと歩いていった。
「山下つばさはだめなのかな…私が見る限り、彼女の句は人を穏やかにする作用があるはずなんだが…別の俳人にしてみるか…」
と主治医は『俳コレ』をめくりながらつぶやいた。

「先生!先生!」
午前11時。オン・チュウチュウは大声で主治医を呼びつけた。
「どうされましたか」
「不安です!不安なんです!なんにもないのに不安なんです!誰かが私を狙ってゐる!わあああああ!」
「落ち着いてください、チュウチュウさん。不安ならば、このようなお薬はいかがですか」

 夏座敷招かれたかどうか不安 野口る理

「ほらね、この、る理という俳人さん。彼女は夏座敷に招かれ来て、はたと(あら?わたし、ほんたうにこのうたげに招かれたかしら?ほんたうにこの門をくぐっていいのかしら…)と不安になっていなさる。こんなふうに、不安はつねに我々の日常に潜んでいるのであって、なにもあなただけが特別」
「特別なんだよ、あ・た・し・は!」
オン・チュウチュウは主治医の胸倉をつかんで怒鳴った。
「不安のレベルがちげーよ、あたしとは!あたしの不安は強いてこの句になぞらえるなら『夏座敷存在そのものが 不安』とかになるんだ、わかるか、季語に対する体重のかけ方が全く違う!る理の季語はただのつっかえ棒で、あたしのは土台なんだよ!季語を使って不安を表明するならほんたうに不安にさせる使い方をしなきゃ意味ねーよ!そこんとこわかってんのか、る理!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
チュウチュウはナースに羽交い絞めにされて鎮静剤を一本打たれた。とりあえず、落ち着きを取り戻したチュウチュウは、
「あら…あたし、どうしたのかしら?なんだかおなかがすいたみたい、ちょっとランチしてきますね、先生」
といって院内カフェへふらふらと歩いていった。
「る理句もだめなのかな…いや、もうひと押ししてみよう、たしかクランケはリアルる理に会って一目ぼれしたとの情報は得ている。であるからには句にも共感する可能性は高い…」
主治医は乱れた白衣を直しながらつぶやいた。

「先生!先生!」
午後2時。オン・チュウチュウは大声で主治医を呼びつけた。
「どうされましたか」
「暑い!死ぬほど暑いです!温暖化現象が異常な早さで進行しています!このままでは暑さで死んでしまう!わあああああ!」
「落ち着いてください、チュウチュウさん。ならば、このようなお薬はいかがですか」

 乾電池ころころ回す涼しさよ 野口る理

「これね、さっきのる理さんですけども、もう一度処方します。乾電池というなんでもないものを、コロコロと転がしているだけで、もう、涼しい。ね、暑さ寒さなんて、気のものでもあるんですよ。この句の涼やかなこと、情景が目に浮かぶじゃありませんか。ふつう乾電池は転がして使うものじゃありませんけど、むしろ電気を発して熱を帯びるものですけど、この句の乾電池はほとんど冷蔵庫だといっても過言」
「じゃあ冷蔵庫って言えよ!!」
オン・チュウチュウはパジャマ(註;彼女は入院生活に慣れきっているのでつねにパジャマ姿)を脱ぎながら怒鳴った。
「『冷蔵庫ごろごろ回す涼しさよ』って言ってみろよ!言えねーだろ!まうおまへの句はほんとに死ぬほど読んだがな、おまへの句にはいつもいつもいつもいつも、ダイナミズムが欠落してんだよ!こぢんまりおさまってんじゃねーよ、この【乾電池】使い切ったあとのあの乾電池だろ、わかるよそのぐらい、だから冷えてて涼しいんだろ、わかるよそのくらい、でもな、【ころころ】というオノマトペも甘いんだよ、ちっせーよ!器が!!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
チュウチュウはナースに羽交い絞めにされて鎮静剤を一本打たれた。とりあえず、落ち着きを取り戻したチュウチュウは、
「あら…あたし、どうしたのかしら?なんだかねむくなったみたい、ちょっと昼寝しますね、先生」
といってパジャマを着直して、こてんと寝てしまった。
「る理句もだめだったか…もう、五月雨式にいってみよう…わからん…私にはどれも名句に見えるのだが…」
主治医は『俳コレ』をパラパラ捲りながらつぶやいた。

「先生!先生!」
午後4時。オン・チュウチュウは大声で主治医を呼びつけた。
「どうされましたか」
「死にたい!死ぬほど死にたい!あたしは孤独です!わあああああ!」
「落ち着いてください、チュウチュウさん。ならば、このようなお薬はいかがですか」

自殺せずポインセチアに水欠かさず 矢口 晃

「ね、どうですか、このきっぱりとした句。いきなり【自殺せず】ですよ。しないんです、彼は。しかし、あえてそんなことを言うということは、どこかで自殺について考えて悩んでいるのでしょう…でも、かれはしないと言いきった。そしてポインセチアの水を欠かさずに『生きていく』。チュウチュウさん、あなたもこんなふうにきっぱり」
「どこがきっぱりしとんやァーーーーー!!」
オン・チュウチュウは壁をがんがん殴りながら怒鳴った。
「こいつの【自殺せず】は、単なる優柔不断や!【ポインセチア】の赤、見たことないのんか!? あの鮮やかな赤に晃が血を仮託してゐなひとでもゆうのんか!? 自分の大事な血流を植物などに投影して、そして己自身はただの抜け殻として、園芸じじいとして生きるしかないのなら、死ね!おまへのやうな俳人など、一人減っても誰も困らん!『自殺せよポインセチアに水欠かせよ』!!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
「いやだ!いやです!あたしはもうチュウシャはたくさん!先生、別の薬を!!」
「別のですか?ちょっと待ってください…では、この句などはどうですか…」

セーターを脱ぎてセーターあたたかし 齋藤朝比古 

「いい句でしょう。セーターを脱いだ後の、あのぬくもり。ただそれだけ。だけど、ただそれだけだからこそ、『生命感』を感じませんか。生きていない【セーター】に、自分の体温が、命が、うつり棲む。このやわらかな感覚こそ生きているという実感」
「が、弱いっっっ!!! 」
オン・チュウチュウは壁にがんがん頭突きしながら怒鳴った。
「この句はたぶんリアル句だろうつまり写生句といふことだしかしな弱い弱いぞ朝比古!何が弱くしてゐるのかわかるかモチーフではないモチーフは悪くないんだ問題は助詞と仮名遣いだ!セーター【を】の【を】は、【を】でいいのか!? 脱【ぎて】はほんたうに【脱いで】よりも優れてゐるか?【あたたかし】は【あたたかなり】や【あたたかに】【あたたかい】【あたたかかった】【あたたか】、死ぬほどバリエーションが考えられるが検討したか?簡単に言ってしまえば推敲が足りないんだ、だからこの句の改竄は非常にたやすい、いまあたしがやってみせているようにな!『セエタアを脱ゐでセエタアまだぬくし』ほらなこんなふうに捏造すらたやすい、こんなん100句でも出来る、それはおまへの原句が弱いからなんだよ!!こんなやつが俳句界をリードしているとは世も」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
「いやだ!いやです!あたしはもうチュウシャはたくさんだっていってんだろ!先生、別の薬を!!」
「別のですか?ちょっとええと、待ってください…では、この句などはどうですか…」

 樹の上は遠くが見えて涼しいぞ 雪我狂流

「ほら、ね、みてください。少し人を食った、不思議な風雅を感じる句でしょう。こんな句を出されたら『そりゃそうだ』としか言えないんですけどね、【樹の上】の【樹】という字がいかにも仙人さえ棲んでいそうな高い樹で、そしてだからこそ【遠く】とは世界の果てまでをも指すのかしらとか、そこに吹く風の【涼しさ】ってどんなだろう、と思いを巡らせる。実に愉しい。そしてね、この句、強い生命力を感じませんか。樹の上に登る生命力。遠くを見渡す生命力。涼しい【ぞ】と強く詠じる生命力。ね、だから」
「やかましわ!!」
オン・チュウチュウは壁をがんがん蹴りながら怒鳴った。
「こーゆー、人生の酸い甘いを噛み分けて辿り着いた飄々とした境地をうたう、みたいなやつ、いっちゃんタチ悪いわ!!本人は説教臭くないつもりやねん、そやけどな!こんな上から目線の説教句もないぞ!既にこいつは読者のよじ登れない高みにいて、見えない遠くをみて、感じられない風を感じている。そこで、終わりやったらええ。おまえの話やっちゅうことで済むさかいな。せやけど、【ぞ】があかんわ、【ぞ】が。この終助詞のせいで一気に説教モードになってまう。読者に感想を強要してきうやがる、俺こんな仙境におんねんけどおまいら来れる?来れへんよな、ははんってな!!まじむかつく!相田みつをの亜種か、おまへはーーーーーー!!!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね。チュウシャをしましょう」
「いやだ!いやです!あたしはもうチュウシャはたくさんだっていってんだろ人の話を聞けよ!別の薬を!!」
「別のですか?では…うーむ…」
「そ、そうだわ先生、チュウチュウさんをお風呂に入れましょうよ。ね、チュウチュウさんもきっとお風呂で気分が変わるわ」
と、突然ナースが割って入った。(ナイスフォロー!)主治医はそう思いながら、
「うむ、そうだね。チュウチュウさん、ちょっとお風呂にでも入ってきなさい」
と言って、まだなにやらわめいているチュウチュウを共同浴場へ連行した。

「まあステキ、この香り…今夜は薬湯よ。きっと婦長さんが、あなたの今日の不調を心配して取り計らってくださったのね」
ナースはそう言いながらチュウチュウのパジャマと下着を脱がせ、浴室へ連れていった。
湯船にはたくさんのオレンジ色の丸いものが、ぷかぷか。柚子湯である。
チュウチュウは湯船に入った。柚子の香りが身を包む。しかし、そこに1枚の短冊が浮いているのを彼女は見逃さなかった。

柚子湯より柚子を出したる重さかな 小野あらた

「なにこれ…処方箋じゃないの」チュウチュウは顔をしかめて言った。
「あらっ、きっと柚子の中にまぎれていたのね?でもせっかくだし、鑑賞しましょうよ…お風呂に入りながら一句鑑賞なんてステキだわ。この句、とってもシンプルね。今日のお薬はシンプルな句が多いようだけど、この句なんて真骨頂じゃないかしら?チュウチュウさんは少し神経質すぎるから、きっと先生はわざとシンプルな句を選んで処方してくださっているんだわ…そうね、この句は何もつけ足すことも引くこともない句だとわたしには見えるわ、ほら、こうして柚子湯の中にいて、柚子を持ち上げてごらんなさいな、柚子は少しお湯を含んで重たくなっている。たったこれだけのことが、気ぜわしい日常のなかでは見逃されてしまう…でも作者はそこに気付いた。安らぎを見出した。チュウチュウさん、あなたもこんなふうにゆったり」
「できるかボケぇーーーーーーー!!!!」
オン・チュウチュウはざばあと湯船から立ち上がり全裸で仁王立ちした。
「こういう句もなあ、わしゃイラっとくるんや!なんでかゆったろか?仮名遣いだけに頼ってるからや!!この句、現代語になおしちゃるわ、『柚子湯から柚子を出した。重いなあ。』これ、詩か?歌か?俳か?いわゆる<ただごと俳句>ゆーのは知ってる、わしでも知ってる、それがあかんてゆーんやない、でも本物の<ただごと俳句>やったら、仮名遣いをちょっと直したぐらいでは、コケへんねん。ところがこいつの句は見事にコケよる、あらた!そんな小技に頼るな!どうせ書くなら本物の<ただごと俳句>書けや!!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと薬湯は合わなかったようですね、すぐに出て、もう休みましょう」
ナースはあたふたとチュウチュウを連れ出して服を着せると、ベッドへ押し込み、
「さあもう消灯しますね。おやすみなさい」
と言って、はあ。とため息をついた。

「助けて!助けて!」
午前0時。オン・チュウチュウは大声で叫びながらナースコールを押した。
「どうされましたか」
「怖い!死ぬほど怖いです!金魚があたしを睨んでいるんです!餌もちゃんと毎日やってるのになぜ!わあああああ!」
ナースが部屋に来て灯りをつけると、出窓に置かれた金魚鉢の中の金魚を見ながらチュウチュウがわんわん泣いている。
「落ち着いてください、チュウチュウさん。金魚が怖い…なにか夢か幻覚をみたのね…ならば、このようなお薬はいかがですか」

  嘘吐いてくれば金魚に見られけり 阪西敦子

「ほら、今のあなたの気分ってこんなかんじなんじゃないかしら?でもね、この句の作者はきっと正常で健康なひと。つまり、あなたの今思っている恐怖感は、誰にも経験のあることなのよ…金魚なんか、とくにね。物言わぬ生き物を見ていると、自分の秘密すべてを見抜かれていそうで時々ぞっとすることって、わたしにもあるわ。この句はそんな心理を見事に言い当てた句ね、だから安心してチュウチュウさん、あなたひとりが」
「おまえもな!!」  
「え?」
「おまえも、けりかな族の一人にすぎぬということだ、敦子!なに?けりかな族を知らん?をろかな…では説明する、けりかな族とは語尾に動詞が来たときは「けり」名詞が来たときは「かな」をつけて俳句にまとめる安易な手法を使う者たちのことだ!この句に果たしてほんたうに【けり】は必要だったのか!?むしろ、口語体で『嘘吐いてきたら金魚に見られてゐた』まで、にゅーっと延ばしてしまったほうが、下手に定型に嵌めずに、金魚を自由に泳がせてやったほうが、金魚の不気味さが際立ったのではないか?なんでもかんでもけりかなけりかな言ってんじゃねーぞオラ!!」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね、やっぱりチュウシャを」
「やだっつってんだよ!!!」
「では…散歩にでも、出ますか。むろん、ナース同伴ですが。わたくしと参りましょう。夜なので懐中電灯を持っていきましょうね。どこへ行きましょうか…」
「そうね、湖がいいわ…水辺は心がおだやかになりそうな気がするの」
そうしてナースとチュウチュウは、病院のまわりの鬱蒼とした雑木林を抜けて、湖に辿り着いた。
辺りは真っ暗で、ナースが懐中電灯を消すと、満月がきれいに浮かび上がった。
「ご気分はいかが、チュウチュウさん?」
「そうですね…水辺に来たら落ち着くと思ったんだけど、満月を見たせいかしら…なんだかウキウキしてきました!きゃほーいっ!踊ろうぜ!みんな!」
(まずい、チュウチュウは躁の気もあるんだったわ、こいつの病名挙げていったらキリねえや)と思ったナースはこんなこともあろうかと携帯していた『俳コレ』を取り出し、
「チュウチュウさん、ちょっとこの句、気がきいてるじゃありません?」
と示した。

みづうみのけふの平らよ草の花 阪西敦子

「『明鏡止水』という言葉がありますけれど、まさにこの句なんてそのものズバリ、じゃないかしら…見て、ここの湖も月光を浴びて身じろぎもせず。足元には草花、まさにいまのわたくしたちの状態をうたってくださっているかのような句じゃありませんか、ほら、チュウチュウさん、この【けふの平らよ】というところなんてすごく」
「むかつくぜーーーーーーーーーー!!!!Yeah!!」
「えっ…」
「Fuckin’上五!Fuckin’中七!おまへもやつぱり仮名遣ひ勘違ゐ女!!旧かなにしとけば俳句になるって思ってんちゃうんけァア!? そんな時代はFuck off!おまへらみたいな輩がそれこそ草の花レベルで蔓延るからいつまでたっても俳句が進化しねーんだよ!旧石器時代の産物って世間から見られちゃうんだよ!もっとこう、aggressiveな生き方できへんのかい?【平らかなこと】ってそんなにステキかい?仔羊ちゃん?それより僕とFucki…」
「落ち着いてくださいチュウチュウさん、ちょっと処方が合わなかったようですね、やっぱり帰りましょう、ささ」
するとチュウチュウはにやりと笑いナースにエルボーを一発、
「おまへもそろそろFuck off!」
「きゃあああああああああああ…」
ナースはバランスを崩し、湖にぼちゃん。ぶくぶくぶく。しーん。
チュウチュウは暫くその場にたたずみ、ナースが浮かんでこないことを確かめると、
「さっ、娑婆に戻るか…この調子だとあたしが出ないと始まらねえな」と呟いて雑木林に消えた。

その後。
オン・チュウチュウとよく似た御中虫(オナカ・ムシ)と名乗る女が突如俳句界に現れて何かと俳壇を困惑させはじめるのだが、それはまあ、読者諸賢、御覧のたうりでござゐます。
俳コレ
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週刊俳句編
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執筆者紹介

  • 御中虫(おなか・むし)

1979年8月13日大阪生。京都市立芸術大学美術学部中退。
第3回芝不器男俳句新人賞受賞。平成万葉千人一首グランプリ受賞。
第14回毎日新聞俳句大賞小川軽舟選入選。第2回北斗賞佳作入選。第19回西東
三鬼賞秀逸入選。文学の森俳句界賞受賞。第14回尾崎放哉賞入選。

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One Response to “赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第4回)                  ~俳句病棟~ / 御中虫”


  1. 2012年5月24日 : spica - 俳句ウェブマガジン -
    on 5月 24th, 2012
    @

    […] クに「白い恐怖」があったが、この1編の恐怖感はそれに似ている。 http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-30-7398.html 御中虫10句選の中より選ぶとすれば 夏座敷招かれたかどうか不安 […]

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