赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第5回)                  ~かぐや虫~ / 御中虫

今はなう、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹を取りつゝ、萬づの事に使ひけり。その竹の中に、本光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる虫、胡坐をかきて居たり。翁言ふやう、「われ朝夕毎に見る竹の中に、おはするにて知りぬ。やゝ怪しき虫なれど、子になり給ふべき人なめり…哉?」とて、手に打入れて家に持ちて來ぬ。妻の嫗に預けて養はす(妻相当厭がりぬ)。たかゞ三寸の虫にては高慢なこと限りなし。いと醜くければ籠に入れて養ふ。

この虫養ふ程に、すく/\と大きになりまさる。醜くければ帳の内よりも出さず、高慢なればいつきかしづき養ふ程に、この光る虫のつけ上がること世になく、家の内は暗き處なく光滿ちたり。 乞食坊主を呼びて名を付けさすと、かぐや虫と名付ける。あやしきことにこのかぐや虫、醜く高慢な割に老若男女にいとモテたれば、世界の人、貴なるも賤しきも、このかぐや虫を、得てしがな、見てしがなと、音に聞きめでて惑ふ。

その中に猶言ひけるは、物好といはるゝ限り六人、その名、一人は林雅樹、一人は山下つばさ、一人は矢口晃、一人は雪我狂流、一人は阪西敦子、一人は津久井健之、只この人々なりけり。この人々、或時竹取を呼び出でて、「虫を我に賜べ」と伏し拜み、手を擦り宣へど、「己がなさぬ子なれば、心にも從はずなむある」といひて、月日を過す。然して或時かぐや虫のいはく、『六人の人の中にゆかしき景見せ給へらむに、御志勝りたりとて仕うまつらむ』といふ。皆「よき事なり」と承けつ。

まづ一人目や訪れけん。 
「虫様、このやうな景をわたくしは捧げませうぞ」と林雅樹はうや/\しく一枚の短冊を漆盆に載せ献上せり。

一群の裸女紫陽花を揺らし過ぐ   林 雅樹

「ほう」
とかぐや虫は帳の中からいひにけり。
「これはまた神話的景色であるな…そなた、余程遠くまでこの景色を採取しに旅をしたと見える。斯様な景色はこのあたり俗界には無いものぢぁ。【一群の裸女】とは、いわゆるニンフかもしれぬな、紫陽花のニンフか、ふむ…悪くない、妙景哉、妙景哉」
「ありがとうございまする」
「だがな、雅樹!」
かぐや虫は帳の中で扇をシュッと投げ捨て、叫びけること、
「おまへ、ほんたうのニンフを見てこなかったな!?【紫陽花】という季語を用いてその季語に強く依存してゐる点をわらわは見逃さぬぞよ、ニンフのあのやはらかさを知ってをるならば『あぢさゐ』とひらがな書きにしてよかったはづぢぁ、もっと言えば【裸女】すら、『ニンフ』と書いてしまって良かったはづ。つまりそなたはわらわの所望する【ゆかしき景】を見てきたふりをして想像句を書いたはいいが、その端々に俗界の写生感があらはれてをり、どちらともつかぬ中途半端な句になってをるのじゃ、ゆゑに却下!去ねっ!」
斯く様あはれ林雅樹はその場を去りにけり。

次なる人は女人なれどもいたくかぐや虫を愛でる山下つばさといふ者なり。
「虫様、このやうな景をわたくしは捧げませうぞ」とうや/\しく一枚の短冊を漆盆に載せ献上せり。

立春の木を吐き魚を飲むからだ   山下 つばさ

「ほう…不可思議な句である。木を吐き魚を飲むからだ。彼の唐國には仙人といふ者数多おはして火を吐く者、河を飲む者等ゐるがこの句も斯様な仙境へ旅をしてうたったとみえる…労ふぞ、労ふぞよ」
「ありがとうございまする」
「だがな、つばさ!」
かぐや虫は帳の中の掛け軸をざざあと引き裂いて、叫びけること、
「きさま、【立春】の何たるかをわかってをらぬな!? そも彼の國にをいて立春とは常春の桃源郷に住まう仙人のものではなく、春夏秋冬に翻弄されし俗界の暦法よりのもの!杜甫のやうにつましく立春を寿ぐのが常道、なに?『立春』といふ杜甫の詩を知らぬ!? 知らぬならググれ!そんな基本知識も知らずに立春と仙境を結び付けるとはナンセンス、愚の骨頂、きさまがまこと仙國へ旅してはゐなひといふ証ぞ!わらわは斯様な目くらましに籠絡されし者ではない!去ねっ!」
「は、さすが虫様、確かにわたくし歳時記といふ安易な書物によりまして【立春】を使ってしまった者でござりますれば、一言もありませぬ。が、しかし、虫様!わたくしの虫様への思いは如何様にもし難くありますれば次なる句を献上いたしたく…」
山下つばさは果敢にも再度句を献上いたしけり。

花は葉に鳥のみ映す水溜り   山下つばさ

「ふむ…これは西洋の香りがする句であるな…さう、希臘…彼の國の神話にナルキッソスといふ美少年の物語があるが、この句はどこかそれを彷彿とさせる句じゃ…【花は葉に】移ろいゆくといふのに、水溜りはいつまでも鳥のみを映して動かず…ナルキッソスは水仙になって永遠にその美をとどめたが、この鳥はどうなのだろうな…想像を羽ばたかせる美しい句ぢぁ…」
「ありがとうございまする」
「だがな、つばさ!」
かぐや虫は触角をぴん!と延ばして、叫びけること、
「これ、近所でテキトーに詠んだ句やろ!花も葉も鳥も水溜りもな、どこにでもあるんじゃ!どーせ【ゆかしき景】探しの旅に迷うてもーえーわ、あんな虫ごとき三丁目の角の水溜りでもうたっとけばえーやろ、全部普遍名詞にしとけばどこの國かもわからんじゃろ、てな、早い話が、手抜きじゃ!! だいたいおまへは季語が甘い、たとへば【菜の花化して蝶となる】といふあの妙なる季語を知らぬか!? 『菜花は蝶に鳥のみ映す水溜り』と、こうもってくれば、それこそナルキッソスのパスティーシュ足りうるのに!それ、おまへには無理なんやろ、この三丁目女!去ねっ!」
斯く様あはれ山下つばさはその場を去りにけり。

次なる人、矢口晃といふ。
「では虫様、このやうな景をわたくしは捧げませうぞ」とうや/\しく一枚の短冊を漆盆に載せ献上せり。

へうたんの中に鋭利なものがある 矢口 晃

「なんと?これはまたまた仙境の味わひ深き句ぞ…へうたんの中を覗いてみれば仙人がおはすることしばしばあれども、鋭利なものがあったとは、わらわも知らなんだ…うむ、ゆかしきこと、ゆかしきこと」
「ありがとうございまする」
「だがな、晃!」
かぐや虫は十二単衣の裾をシュッと引き合わせ、叫びけること、
「おまへもやはり、旅をしてゐなひな!?現代において【へうたん】なぞと賢しらに旧かなを用いてはをるが、こんなものどこの土産物屋にも二束三文で売ってをるわ!しかも最悪なことには、晃!きさま【へうたんの中】に【鋭利なものがある】ことを自分の目で確認してすらゐなひ疑惑があるぞ!? 【ある】といふ客観的事実なら誰にでも言へる、ここは字余りでもきちんと【あつた】と言っておかねばおまへの見たそのリアリティが、こちらへ伝わってはこぬのだ!このやうにさまざまの疑いのある句にわらわは落とされはせぬ、去ねっ!」
「は、さすが虫様、確かにわたくしそこのパーキングエリアにちょっと寄った隙にこのへうたんを求めた者でござりますれば、しかも<長寿>とか書いてあった謎のへうたんでありますれば、一言もありませぬ。が、しかし、虫様!わたくしの虫様への思いは如何様にもし難くありますれば次なる句を献上いたしたく…」
矢口晃は果敢にも再度句を献上いたしけり。

就職をするかしばらく蟇でゐるか   矢口 晃

「ふうむ、おまへはどうにも唐國が好きであると見える…蟇といへば月に棲む者と彼の國では決まってをる。そなた、就職に迷うて月旅行をしてきたといふのだな、これはまた大物になりさうな…」
「ありがとうございまする」
「だがな、晃!」
かぐや虫は十二単衣を金さん脱ぎしつゝ、叫びけること、
「てめーの底は割れてんだよ!さっきも同じこと言ったけどな、旅してねーだろ、これ単に家にひきこもってつくったニート句だろ、ええ!?蟇は蟇でもてめーのは、家の庭に冬眠してるしょうもない蝦蟇だよ、李賀が詠んだ蟇とは質がちがわあ、この四畳半俳人が!!! 就職先もたかゞ知れてら、そんなヤツの家に誰が嫁ぐかよ、去ねっ!」
斯く様あはれ矢口晃はその場を去りにけり。

次なる人、雪我狂流といふ。
「では虫様、このやうな景をわたくしは捧げませうぞ」とうや/\しく一枚の短冊を漆盆に載せ献上せり。

巣箱より高いところに住んでをり   雪我狂流

「おお、これはまた凄いところへ旅をしたやうだ…あの神々の集う山、オリュンポスの山へ行ったのだな?そして神々が住まうさまをうたったのじゃな?わかる、わかるぞ…貴殿のその風貌は、いかにも旅人のそれ…そして富士山とかエベレストではこの非現実的な【巣箱】が活きてこぬからの…うむ、これは名句ぢぁ」
「ありがとうございまする」
「だがな、狂流!」
かぐや虫は脇息をぶん投げて、叫びけること、
「おまへの句の傾向でもあるが、単純なことを単純な言葉で言う、そしてあえて想像力を高めさせる、わからぬではない、わからぬではないがしかし、狂流!【巣箱より高いところ】で『オリュンポス山』を想起するのはこのわらわぐらひなものだぞ、フツーの読者はもっとフツーの読解しかせぬ、というかできぬ。おまへのシンプルさが仇となり、『あっそう句』になってしまってをるのだ!わらわはおまへの一見読者に優しいやうでしかし独善的なその態度が好かん、去ねっ!」
「は、さすが虫様、確かにわたくし一見平明な言葉をつかって読者に優しいやうでしかし、おめーら誰もついてこれねーだろ的一面がございまして、一言もありませぬ。が、しかし、虫様!わたくしの虫様への思いは如何様にもし難くありますれば次なる句を献上いたしたく…」
雪我狂流は果敢にも再度句を献上いたしけり。

昼寝には邪魔な天使の羽根であり   雪我狂流

「なんと!ついに狂流、貴殿は天使の昼寝を見たといふのか!これぞ紛れもなき【ゆかしき景】!しかも飛んでいる姿ではなく、昼寝をして羽根が邪魔だという、非常にほゝえましい景を持ってきたのだな!技ありぢぁ、技ありぢぁ!」
「ありがとうございまする」
「だがな、狂流!」
かぐや虫は帳の中でバク宙し、叫びけること、
「ふざけるのもたいがいにせえよ!!この句、まさにナルシス句やんけ!!おまへ、天使を見たわけでもなんでもなく、ただ家で昼寝してをっただけではないか!!そしてあろうことか己が身体を天使になぞらえるといふ、傲慢!!!やはりきさまはハナモチならない傲慢ジジイ!!去ねっ!!」
斯く様あはれ雪我狂流はその場を去りにけり。

次なる人も女人なれどもいたくかぐや虫を愛でるといふ人なり。
「虫様、このやうな景をわたくしは捧げませうぞ」とうや/\しく一枚の短冊を漆盆に載せ献上せり。

あぢさゐの囲む何にもなき広場   阪西敦子

「うむぅ…これは…禅だな?禅の精神を感じる一句ぢぁ。【何にもなき広場】が【あぢさゐ】で囲まれてゐることにより、無にして全なる宇宙をあらはしてをる、素晴らしい、ここまでの悟りを得るには相当の修行を積んだであらふ。労うぞ、労うぞ」
「ありがとうございまする」
「だがな、敦子!」
かぐや虫は畳をひっぺがしつゝ、叫びけること、
「おまへも、やはり、旅をしてゐなーーーーーーーいっっっ!!!わらわが帳から出ぬとて世間を知らぬと思ふなよ!この屋敷の隣、半年前まで高層ビルが建ってをったが更地になって【売り地】の看板が立ち、周囲をあぢさゐが取り囲んでゐた!おまへそこのビルのオーナーかなんかだろ、マアそんななかわらわに一句献上しやうとした心意気は買うがな、てめーのやうな火達磨女のもとへ行くきはさらさらねーんだよ、去ねっ!」
斯く様あはれ阪西敦子はその場を去りにけり。

次なる人、津久井健之といふ。
「では虫様、このやうな景をわたくしは捧げませうぞ」とうや/\しく一枚の短冊を漆盆に載せ献上せり。

朝ざくら双子はやはり瓜二つ   津久井健之
  

「おお、これはまた深いテーマを孕んだ句…神話の古来より双子や双子神は世界中で物語をはぐくんできた…貴殿がどこへ旅だったか分からぬが、それほど世界中に双子の神話はあるのだ、しかしあえて選ぶなら、西洋、インド、日本、あたりか…それにしても終盤へきてこの不気味な句、善い、善いぞよ!」
「ありがとうございまする」
「だがな、健之!」
かぐや虫はふすまに蹴りを入れ、叫びけること、
「きさま、ほんたうはただ桜の下に入学式かなにかの記念撮影で双子が並んでゐるのを見たにすぎぬのであらう!!それをデジカメかなにかで撮影し、ああやっぱり双子は瓜二つであることだなあ等とあたりまへの感想を抱いただけなのだらう!違う!違うぞ双子といふモチフは斯様に軽薄なものではない!ここにはもはや紙幅がないが、多くの原始社会において双子は、排斥され、異教時代には死刑に処せられる危険性を孕んでいた!ホルスとセト、バルドルとヘードル、エサウとヤコブの繰り返し対立する双子の関係、ローマ建国に携わったロムルスとレムスの対立」
「は、さすが虫様、確かにわたくし双子に対するふんわりとしたイメージだけで一句詠んでしまいました、裏付けが薄く一言もありませぬ。が、しかし、虫様!わたくしの虫様への思いは如何様にもし難くありますれば次なる句を献上いたしたく…」
津久井健之は果敢にも再度句を献上いたしけり。

フリスビーの浮かぶ永遠梅雨晴間   津久井健之

「ほぅ…ついに浮遊せしものを貴殿は捉えたか!しかも永遠という名のもとに!【フリスビー】は比喩であるな?よいよい、わかっておる…そう、天使の環!貴殿は西洋に旅したのであらう、天使は恥ずかしがって姿を見せず、しかしうっかりとその環だけが浮かんでゐたという景じゃな。愛らしくもシュールな景である、見事ぢぁ!」
「ありがとうございまする」
「だがな、健之!」
かぐや虫はついに帳の中から登場して、叫びけること、
「てめー、単にドッグランに行ってきただけじゃねーかよ!!【梅雨晴間】って、西洋にそんな季語はねーよ!フリスビーも、まんまフリスビーだったんだろ?愛犬がそれをキャッチするとこを写メしようとしたら、愛犬が写らなくてフリスビーだけが写った…ってなァ!!俗のかたまりみてーな句じゃねーか、この愛犬家!!去ねっ!」
斯く様あはれ津久井健之はその場を去りにけり。

「ふぅ…やはり、俗界にはわらわの目にかなう人はおりませぬ、おじい様おばあ様。わらわはもとより人間ではないのですから、帰るべきところへ帰りませう。天界へ…」
かぐや虫はそういうと翁と媼に深々と頭を下げにけり。
「どこへ行くのじゃ、かぐや。わしらを置いてゆくのか」
「行かねばなりませぬ、左様なら、おじい様、おばあ様」
かぐや虫はそういうと、はしごを持ち来て天井板をかたんとはづすと、
「では」
と言って、はしごをよじのぼり、天井裏へ入り込み、かたんと板を閉じた。
「天界って…天井裏のこと…哉?」
翁と媼、首を傾げをるや、天井裏に潜みたる鼠チュウと鳴きてかたかた歩くとプチンと音を立てたり。
「むぎゃ」
其れまさにかぐや虫の声なれば、斯く様あはれかぐや虫は一巻の、オハ~リィ~。
チョン。

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執筆者紹介

  • 御中虫(おなか・むし)

1979年8月13日大阪生。京都市立芸術大学美術学部中退。
第3回芝不器男俳句新人賞受賞。平成万葉千人一首グランプリ受賞。
第14回毎日新聞俳句大賞小川軽舟選入選。第2回北斗賞佳作入選。第19回西東
三鬼賞秀逸入選。文学の森俳句界賞受賞。第14回尾崎放哉賞入選。

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One Response to “赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第5回)                  ~かぐや虫~ / 御中虫”


  1. 2012年5月25日 : spica - 俳句ウェブマガジン -
    on 5月 25th, 2012
    @

    […] の結末はまことににブラックで、このシリーズでは私の好きな1編。 http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-06-7649.html 御中虫10句選の中より選ぶとすれば 花は葉に鳥のみ映す水溜り  […]

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