戦後俳句を読む (19 – 3) – 「男」を読む -成田千空の句/深谷義紀

たなそこに拳一と打ち田起しへ

第1句集「地霊」所収。

千空作品で描かれた「男」と言えば、何と言っても北の地・青森で困難な環境のなか懸命に農作業に取り組む「農夫」達だろう。

思いつくままに挙げれば、以下のような句である。

火の秋刀魚農夫にいまも力飯   『天門』
どろどろの農機と農夫聖五月   『天門』
だみ声の男ら堰を浚ふなり    『白光』

第1句の「力飯」、第2句の「どろどろの」、第3句の「だみ声」などの措辞が印象的である。いずれの作品も、汗と泥にまみれて農作業に取り組む北の男たちの姿が活写されており、これらの農作業の困難さや彼らの無骨なひたむきさまでが読者に伝わってくるようである。

さて掲出句もこれらの作品と同様に、こうした農夫の姿を採り上げたものである。とりわけ、掲出句は農作業そのものを描いたものではなく、その予備動作とでも言うべき仕草を採り上げている。けれども、農作業自体を描いた句より、むしろ印象鮮烈である。まさに映画の1カットを見せられたような、鮮やかな読後感がある。バシッという、掌を打った力強い拳の音が耳に残る。

そしてこの仕草は、これから男が始めようとする「田起し」という作業の重さを予感させるし、それに向かう男の決意が滲み出た行為と言えるだろう。さらに言えば、田起こしそのものが米作りの一連の作業の一番最初に位置付けられるため、これから一年を通じた米作り全体への決意と言えるかもしれない。

こうした一連の作品がリアリティを持つのは、千空自身が終戦直後の一時期帰農生活を送り、苦労を重ねた経験があるからだとも思える。そうした農作業の辛さをよく知り、農夫たちに惜しみない共感を有する千空だからこそ、作りえた作品だったとも言えよう。もしかしたら、千空作品に描かれた農夫たちは、若かりし頃の千空自身の姿だったのではないか。そんな気がしてならない。

戦後俳句を読む(19 – 3) 目次

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