十五番 猪の皮
左持
まだ乳首をさなき猪の皮を干す 谷口智行
右
目の周り真赤に猪の皮干され 小林千史
まず気になったのは、「猪の皮」はどのように利用されるのだろうかということ。インターネットで検索すると、道端の横木に猪の毛皮を無造作に架けならべた写真をいくつか見ることが出来たものの、用途の説明が今ひとつはっきりしない。毛で疑似餌を作るとか、なめし皮を作るとか、名刺入れの材料にしてみたとか、利用すれば利用できるようだが、あまり重視されている感じではない。要するに猪狩の主目的はやはり肉であって毛皮ではないのだろう。そういえば中世の遁世者は毛皮の腰巻をしていたりするが、あれは鹿皮のはずである。それから、武家が狩猟などの際に足を保護するために付けた行騰(むかばき。現代だと、流鏑馬の射手が付けている)も、辞書によれば「鹿・熊・虎などの毛皮で作り」云々とある。たしかに、猪皮では見た目がぱっとしなさそうだ。
この両句の「猪の皮」もだからおそらく、わりとぞんざいに扱われているのではないかと思う。見どころに乏しい「猪の皮」に、左句は「おさなき」「乳首」を見出し、右句は「目の周り」の「真赤」なことを言う。これらの細部の発見が、剥ぎ取られた上に大事にされるわけでもない「猪の皮」に対する、せめてもの手向けということになろうか。両者、的確な眼前写生の句であり持。
季語 左右とも=猪(秋)
作者紹介
- 谷口智行(たにぐち・ともゆき)
一九五八年生まれ。「熊野大学俳句部」で俳句をはじめ、現在「運河」「湖心」「里」に所属。掲句は、第二句集『媚薬』(二〇〇七年 邑書林)所収。
- 小林千史(こばやし・ちふみ)
一九五九年生まれ。「遠矢」「翔臨」に所属。掲句は、第一句集『風招』(二〇〇六年 富士見書房)所収。