目の前のローソクの箱つぎつぎに売れてライターをわれは得しのみ
沢口芙美「地下室にゐた」「短歌」五月号
震災直後の首都圏での買占め騒ぎも、今となっては愚かだったと反省することができるが、実際に三月の中旬、コンビニやスーパーマーケットや家電量販店の棚から、ミネラル・ウォーターや食パンや懐中電灯や乾電池は姿を消していた。掲出歌は、計画停電開始時期に詠まれたものだろう。二か月前は、停電に備えて、ローソクもすっかり買い占められていた。やむなく、ライターだけを買った作者だが、そんなものでも買っておかないと不安な気持ちだったことは事実である。「地下室にゐた」という一連のタイトルは、作者が地震発生時に、地下室にいたことからつけられたもの。
ユラッときて後は覚えのなき大揺れその時ビルの地下室にゐた
これが一連十首の最初の作品。震災後の騒動の中で、もっとも、パ
ニック的だった買占め騒ぎを、今後は折につけ、思い出さねばならないだろう。
作者紹介
沢口芙美・昭和16年生れ・「滄」所属