二十七番 塔と気象
左勝
塔しのぐもののなければしぐれくる 上田五千石
右
歪みはつかに塔いかづちを躱すたび 中原道夫
左句には「東寺」と前書がある。しかし、仮にこの前書がなくとも、この句の「塔」に最もふさわしいのは東寺の五重塔であろう。というのも、平坦で広闊にひらけた空間に聳える古塔であってこそ、「塔しのぐもののなければ」の表現がいきるからだ。室生寺や羽黒山や瑠璃光寺の塔は、東寺の塔よりも美しいかもしれないが、山や木立に迫られて塔だけが際立つというふうではないし、法隆寺の五重塔では金堂や回廊をふくめた伽藍全体でのセット感が強すぎ、独立性に欠ける。かといって、東京タワーや東京スカイツリーでは巨大すぎて「しぐれ」のはかなさと釣り合わない。やはり東寺、ということになるのである。
右句にも前書がある。すなわち「フィレンツェ」とのことだから、これはつまりドゥオーモ(大聖堂)の傍にたつ鐘楼をさすのだろう。高さ約八十五メートルあり、五十五メートルの東寺の塔よりだいぶノッポだ。色大理石で覆われたゴシック様式の塔であるが、大画家ジョットがデザインしたと伝えられるその麗姿を直接に詠むのではなく、雷光に照らし出されるシルエットのかすかな「歪み」に目をつけたところが、狙いすました技巧である。背後の空に稲妻が走るのを、塔が落雷から身を「躱す」のだと擬人法で表現しているのもいかにも粘っこくて、西洋の石塔の描写として効果的だろう。
倒置法を用い、小刻みな描写を重ねて重厚な右句。しかし、左句の「しのぐもののなければ」の単純で力強い把握には一歩を譲るか。「しのぐ」と「しぐれ」で“し”が句頭韻となり、“ぐ”が反復されている調子もこころよい。よって左勝。
季語 左=しぐれ(冬)/右=雷(夏)
作者紹介
- 上田五千石(うえだ・ごせんごく)
一九三三年生まれ、一九九七年没。秋元不死男に師事し、「畦」を創刊主宰。掲句は、第四句集『琥珀』(一九九二年 角川書店)所収。
- 中原道夫(なかはら・みちお)
一九五一年生まれ。野村登四郎に師事し、「銀化」を創刊主宰。掲句は、第十句集『天鼠』(二〇一一年 沖積舎)所収。