七十一番 自然を詠む、人間を詠む(四)
左持
原子炉の無明の時間雪が降る 小川軽舟
右
雪が降るあと五分だけ待ちてみむ 小川軽舟
左句の「無明」は仏教語で、真理に暗いことを言います。一切の迷妄・煩悩が生まれる原因としての無明です。震災以降、原発をめぐる我々の過去と現在の無明がいやという程あきらかにされてきました。「無明の時間」とはまずはそのことですが、もうひとつは電源が復旧し、照明が灯るまでの福島第一原発建屋内の暗闇のことを指してもいるでしょう。それは、我々の精神の無明が招いた、物理的無明に他なりません。
左句の下五が、そのまま右句の上五に重なっています。左句には「時間」の語があり、一方、右句にも「五分」という時間が示されています。右句はそれだけを読めば、どうということもない日常スナップとして受け取れますし、受け取るべきものでありましょう。約束の時間を過ぎても現れない待ち人。雪まで降っている。あと五分だけ待ってみよう――それだけの句であり、それだけの句として巧みなものに違いありません。しかし、左句と対にして提示され、かつ上に述べたような連関が認められるとなると、どうしても寓意的な意味が生じてくるようです。現在の社会に鬱積している不満と、あと少しだけ待ってみようというような当てもない望み。まずはそんなような漠とした気分の寓意ということですが。
出来栄えに決定的な差があるわけでもなく、かつ上のような対としての読みも可能となるとこれは持ということにせざるをえません。なお、作品も寒々しくも身にしみて結構ですが、アンケートに答えての小川氏の文章も素晴らしいものでした。部分的にというよりは全体的に。というわけで引用ではなく、是非、雑誌で読んでみてください。
季語 左右ともに雪(冬)
作者紹介
- 小川軽舟(おがわ・けいしゅう)
一九六一年生まれ。「鷹」主宰。句集に『近所』『手帖』。