七十五番 自然を詠む、人間を詠む(八)
左持
万両へ白雲は影重ねたる 井上康明
右
冬の靄人住む谷の欅の木 井上康明
左句。つやつやとした常緑の葉、寒さと共に鮮やかに珊瑚色を深める実。そのみごとな万両の樹の上を、おりおりに雲の影が過ぎてゆきます。「影重ねたる」に、なんともいえない清潔な時間が過ぎてゆくのを感じます。
深い谷に立派なケヤキが抽んでています。谷には冬靄がしずかに垂れ込めています。「人住む谷」というフレーズが一句の眼目です。人が住む谷とわざわざ言うからには、人が住まない谷もまたあるのでしょう。幾重にも谷間が重なる、山深い土地であることが想像されます。
いずれも山気に満ちた秀吟です。優劣はつけ難く、持。
季語 左=万両(冬)/右=冬靄(冬)
作者紹介
- 井上康明
一九五二年生まれ。「白露」所属。