第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞連載第1回
八月、挿話を求めて
ユウ アイト
1 目、(鳥)、脚韻
強い目の下では
ほころびる、私たちのオルドル
晩夏の淡い無音を告げるため
放たれる
鳥類はしろたへ
その瞬間、多くの歌が生まれるというが
彫刻されない言葉はどこか
『口語の時代』よりもさむい、と男は窓を開け
風がその未来を割って入るとき
誰もが忘れてしまった油彩の匂いが立ち上がる
私たちは無力な声の時代に生きている、と繰り返す私たちの
壁には挿話のない耳が描かれている、その余白から
微かに歌が聞こえてくる
街の下で静かにうごめく
眠りの裏の捨てられる仮死
燃焼する理屈などはなく
ずっとずっと生え変わる乳歯
映像は微熱よりも冷めていて
水墨画のようなかすれかた
見えない生者の声にあてて
音楽だとする祈りかた
前例のない鳥の渡りを
書き留める今日の訛りを
血脈に沿って放棄してきた
列島は戸籍を失くしうる
附与される仮の袈裟をまとい
僧侶が世紀の火を讃える
母語震え脚韻も雨に逃げてゆく
男はその弱い口元をどう描こうか考えた
流れていくルビをその目で捕らえ
孤独を抱え
武器はしまい
自らの塔にのぼる
問いている、ゲルニカよりも強い目で
言葉は常に誤訳され続けている
私たち自身によって、またそれを
母語としてきた
パレットにはもはや影を描く色はなかったが
帰路につく私たちの頭上には、男による
明日の挿話が描かれている
見上げれば
過去 ― 現在の脈絡に初めて惑う鳥の滑空
共感覚が
赤と黒から先に奪われていく
2 緑地にて
彩度高い緑地にて進みゆき
かがみこみ探す人の
目の先には現れるが
筆には現れることのない
オニドコロ アメリカホド セリ トキホコリ
それらのひと揺れを見るとき
みな同じ揺れのなかにいるのだから
その人には見えて
私たちには見えないものもあるのだろう
たとえば
脇句
(おさがりの)
履歴された
土地の名
(人の非行歴)
植物と
それから生まれる顔料の色の違い
(光に噛まれた)
それらのなかに含まれるものが
挿話に空白をつくり
次第に無理な体になりつつある、とこぼして
その人は墓地へとすれ違い
私たちは先の美術館の話で溢れている
3 傘下に入れておくれ
幾何学的な理由によるものなのか
塔の内部は思っていたよりもずっと空っぽだった
まるい穴から外を除くと
オブジェがそこここに見える
歩いてきたときには見えなかったものだ
『むせきどうぶつ』と呼ばれる作品群で
男は何を伝えたかったのか
雨が降ってくる
塔の内部にいる私たちは安全です、と係の人が言う
パビリオン跡地を叩く雨の音
シンコペーションで輪廻している
透明な和平の裏で
傘下に入れておくれ、と微かに聞こえる声がある
係の人は空耳です、と言って挿話が続く
今でも、遠くが明るく見えるという
確かに
空の向こうには
小さな火が見えるし
積乱雲とも違う、分厚くて、とても重そうな雲がある
あの夏の奥ゆきには
沢山のたましいがつめこまれています、と係の人は
まじめな顔をして言う
雨はこれからさらに酷くなるとの予報だが
塔の内部にいる私たちは安全です、と重ねて言う
傘下に入れておくれ
傘下に入れておくれ、とやはり聞こえる
空耳です
空耳です、と言う
オブジェが私たちを見ている
男は何を伝えたかったのか
気がつくと
塔の内部は人々でいっぱいになっている