冬 ひらく 渡辺めぐみ
約束が剥がれてゆくときの
燃える痛みをこらえて
空が青い
寒かった ただ寒かった
あの日々の
非常口を開けておけ
行き交う車も歩行者も
つながれた犬でさえ
見上げることを忘れていた雲の果て
いつか昔の雲の果て
オペレータールームに座り続けた
頭脳の日射しがゆっくりと羽になる
降り積もり降り積もり
時間の溜まり場で
指先の芯まで冷える午後だった
(人の心を覗いてはいけません
みんな怪我をしているのです)
おもむろに白いシーツを運ぶストレッチャー
そのキーキー音を忘れまい
情の通わぬ人たちの
重い鉛の廊下を抜けて
シーツの下の塊を
肉体という塊を
運び切るのがわたしの仕事
青い 青い 空の
澄みすぎたその静かさを
芥子の花畑まで連れてゆく
あの世かこの世か知らないが
忘却の 震えの 笑いの 咲きほこる
芥子のそよぎまで連れてゆく
(泣けない人の傍らを
通り過ぎてはいけません
みんな怪我をしているのです)
喪の水も
明日への水路も凍る頃
門付けのように
冬 ひらく