蜘蛛   藤井わらび


蜘蛛   藤井わらび

                              ――― 巣に朝露がホロホロほどけて
 
風に乗ってやって来た
その蜘蛛は
大きな髑髏を尻に負い
8つの足を蠢かし
黄色い閃きを以って
地上の女たちを脅かす
 
  私はこの盆地に根を張る
地名のような木
時折  クモを真似て
白い布を枝に広げ  時機を待つ
 
モノクロ映画に
花びらが散るごとく入ってきた
その異形のものの名は  どくたろう
私の頭に這い登り
黒髪に指絡ませ、巣におさまる  そして
産卵
尻につまった悦びをコロコロと私の耳へと囁くのだ
                              ―――さいわいなるかな、心貧しき人
 
  私の内に膨らむ  鮮やかな兆し
暗雲からこぼれる  一条の光
私は酔い痴れる  天上のしらべ  乱れる蓮の花花  花
  つなわたりする糸の向こうに見え隠れする
  カラクリ蜘蛛の創造主
誰に知れてもかまわない  戯れ踊る
生と死の                          ―――great mother
 
母よ、母よ、
と月を亡くした夜がゆらめき
妻よ、妻よ、
と牡鹿が遠くで鳴いている
 
山を分け入り
進めど進めど
地球は丸く
またここに戻っている
だが、四季は巡って
あなたはもうここにいない
 
いろいろを変え
蜘蛛の子たちは四方に散っていった
 
  ワナを放ったつもりが
獲物にまるみこまれ
冷ややかなタイルに転がされている
  蜘蛛女ごっこ
 
陽気がしずまり ようやく枝を折りながら巣をほど
そして
また闇に独り。
手の中にはいつか誰かと結ばれていた  白い糸

作者紹介

  • 藤井わらび

一九七四年奈良生まれ。大学で英詩に触れたことが詩作のきっかけに。『むらさきの海』(二〇〇七年、一〇〇〇番出版)

ブログ 藤井わらびの詩的生活

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