灯台まで 岩木誠一郎
車を出すとすぐに
フジオカさんは話しはじめた
ちょっとしたまちの噂や
だれそれの消息について
それから
通いなれたパン屋も電気屋も
店を閉めてしまったことなど
鉛色の雲が垂れこめる空の下
海べりのちいさな町は
しだいに記憶のなかからよみがえる
子どもがふたり
波打ち際で何かを拾っている
流れ着いたものがあるということは
流れ去ったものもあるのだろう
夕暮れが近づいて
道のまんなかの白線だけが
ひときわ浮かびあがって見えてくる
灯台まで
わたしは帰って来たのではなく
訪れるひとになっている
車を降りると
いっそう夕闇が濃くなっている
ひとすじのひかりがさぐる
遠い日々では
波の音も
海鳥の声も
変わらないものとばかり思っていたのだが
背後でフジオカさんが呼んでいる
振り向いても
もう顔を見分けることはできない