Imagine 伊武トーマ
幾万羽のカラスとともに彼は現れた。
巨大アウトレットモールの大駐車場に彼は
カラスとともに舞い降りた。
家族連れ、夫婦、恋人たち、友だち同士…
呆然と立ち尽くす買い物客へ向かって彼は
言い放った。
「世界はもう救われることはないだろう。だから
君たちは風となり
歌となり
オレとともにどこまでもはばたいて行ってくれ。」
そこに
カエルがぴょんぴょん跳ねていようが
カタツムリがのらくら這っていようが
ミミズがうねうね身をくねらせていようが
カラスはいっさい見向きもしない。
食べ物のかけらが落ちていようが
ダストボックスに残飯があふれ返っていようが
車上に、樹々に、モールの屋根という屋根に
カラスは軍隊のように整列し微動だにしない。
異様な静寂をいっそう引き立てるかのように
カラスの嘴は陽の光を反射しキラリ
死神の大鎌のように鋭くきらめく。
不安と恐怖に駆られ
孤独な群衆と化した人びとのまなざしは
カラスの群れを率いる男、その一点で凍りついている。
「このままじゃみんな!
カラスに、
目玉えぐられてしまうよ!」
静寂を引き裂き片目の老婆が叫んだ。
男が老婆に一瞥を投げる。
カラスも一斉に老婆の方を向く。
陽の光を遮り分厚い雲が垂れ込め
ぽつりぽつり
つめたい雨が降り出した…
男が空を指さす。
閃光が走り雷鳴がとどろき
車上から、樹々から、モールの屋根という屋根から
カラスは一斉に飛び立つ。
呆然と立ち尽くす孤独な群衆目掛けカラスは
鋭い嘴を突き立て急降下する。
降下しては上昇し、旋回してはまた狙いを定め
急降下を繰り返す無数の死神の鎌から逃れようと
家族も、夫婦も、恋人も、友だちも、みんな
みんな、てんでばらばら砕け散って行く。
濡れしょびれた長い黒髪を掻き上げ
男はもういちど空を指さす。
車上へ、樹々へ、モールの屋根へとカラスは舞い戻り
分厚い雲は割れ、ふたたび
陽の光が射し込む…
風が吹いた。
男は消え
カラスも消えた。
孤独な群衆はふたたび
家族に、夫婦に、恋人に、友だち同士に戻り
何ごともなかったようにショッピングを楽しんでいる。
「想像してごらん 天国なんてないと
とても カンタンなことさ
ボクたちの上には 空があるだけ
想像してごらん いまボクたちが
ここにいるってことを…」
少しアンニュイな日曜の夕刻。
アウトレットモールに
ジョン・レノンのImagineがひびき
ひとり
片目の老婆だけが空を見上げている…
(二○一二年 一○月 軽井沢にて)