カノープスに祈る 中村梨々

カノープスに祈る 中村梨々

手が振り切るように手を離したとき、残されたと
思ってしまうのは、この手が低くあったから。
何かのあとみたいにくっきりと爪を描き、迂回し
ていたから。
白い雲に連なってふかく眠っていたまぶた。雪の
間、オキザリスの階段につなぎ留められて景色が
ひらいた。
淡い湯気を纏ったポット、わざとむくれたように
すくめ立つ椅子、たまにざわめく冷気も夢。
とても短い話があって、あなたと出会って
それから
私たちは死を飾って泣いた
ながい水際で 
手探りの促音便を聞いた

何も言わない。だから表情をいつでも取り出して
見せてくれる
「うん」という返事をする暇もないほど近いね。

態度は「さよなら」に似て少し冷たい。言い出せ
ない愛とか季節もやっぱり少しだけつめたい。冬
の朝目が覚めるのは嘘だ。つめたさが体に残って
振り切るように離した この手が
目の前の器を欠いている
夜の空に骨は(赤く(
衣服の明るさで
風向きが手の形をしている

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