奇妙な木   中島真悠子

奇妙な木_中島真悠子
 
 
 

奇妙な木   中島真悠子

 ひそかに目覚めて、寒天を火にかける。夜に近いこの家にあのひとが帰ってきた。窓の
外で私の木が震えていた。根元の池をのぞきこむように、木の影はしなっている。その背
にかぶさるように、大きな瘤がある木だ。木は水に何かを叫んでいる。その声が水紋とな
り、木に向かって跳ね返るのが分かった。

 洗い場で手のひらに揺れる水に顔をうずめるあのひとを、後ろから抱きしめる。こぼれ
る声を受けるために、喉が深くくぼんでいる。そこに爪を立てて、胸まで裂く。液体が噴
き出す。水なのか光なのか、いつかの真昼の恵みのように、私たちを濡らしながら、こん
なにも透きとおって、くるぶしまで浸かってしまう。水面ごしにあのひとが指さす。あた
たかな脈が私たちに絡みついて離さない。私はあのひとの背を覆って、次第に硬くなって
いく。鼓動がこだまする。あの木のかすかにざらついた葉擦れが皮膚をなでた気がした。
触れたところから互いの体に沈んでいく。私たちはえぐれている。

 台所から見える木は、時々自分の荒野をさまよいながら、庭の中を懸命に歩くことがあ
った。遠くへ行くようで、必ず帰ってくる奇妙な木を、愛しんでいいのか、憎みたいのか。
霧を流したような、白い水からふつふつと泡がたち、たましいがとろみを帯びて、あのひ
との器に流されていく。

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