鏡像 佐峰存
深夜の湖底に軋み
傾く満員電車の吊り革の森
年季を重ねる幹の間に迷い込んだ
毛深い蛾が 束の間の心を運んでいる
一対の翅がなす 羽ばたきの綿は
ふくよかな腹を風船のよう
蛍光の波打つ宙にのせ
読まれることのない軌道に
呼吸を紡いでいく
速度の中を飛ぶ速度
鋼橋を潜り抜けてきた関節に
沁みわたる瞬き 傍らで
人々の目鼻も樹立する
水を通わせ 膨らんでいる
時間の苔を育みながら
疾走する生態の園
蛾の鏡像は火花をひらき
羽化の果ての柔らかさにそよぎ
やがて生物として 昏々と
眠り込むのだろう
今はまだ 遠くまで冷えた
窓ガラスの硬さにもみくちゃにされ
こぼれながら 太く滑る脚の爪
居住区の液状の光が
幾重にも加速している