天井 葛西佑也
見慣れた自室の天井が遠かった
果てしなかった
いつか夢で見た人生で手放したものたちの行方よりも
はるかにはるかに果てしなく遠くであった
将来の目標だとか夢だとか
そんなものがどうでもよいほどに
誰かのことがいとおしいと
今ある幸せが途絶えることなく続いてさえくれれば
それ以上の望みなどないと
心底思えたことこそが
幸せなのだった
私は私の天井と向かいあって
向かいきって
その向こう側で雨が降っていることを知った
雨音とともに足音が襲ってくる
不安を煽る水のしたたりを
壁越しに私の首筋が感じる
あの人も今頃天井を見上げているだろうか
あの人も今頃水のしたたりを恐れているだろうか
あの人も今私の足音を予感しているだろうか
手の届かないこと苦しいのなら
私は言葉を紡ぐことをやめなかっただろう
しかし、私は言葉を紡ぐことをやめることにしたのだった
遠い天井のことなどどうでもよくなったのだ
ただこれからも天井ではない
高さのないものと向き合って
あの人と生きていくことができたなら
その距離で届く言葉があればそれで十分なのだと
もう水の音を恐れなくてもよいのだと
私は私のからだをむしばむものに教えられた
そして、今紡いでいるこの言葉の中の
私がすべて流されてしまって
あなたとか彼とか彼女とか誰かに
置き換わっていくことを想像している
そうして私はやめていく
言葉を紡ぐことを
そうして私はやめていく
天井をみつめることを
そうして私はやめていく