もういいよ 樋口智子
雨くさいからだを緑の椅子に置くわたしはとうに忘れ去られて
おかあさん電池 「お」からだんだん薄くなり「さん」が明滅 布団に入る
そこのひと膨らませてはくれないか顔の部分に力がないよ
洞穴のような目をしておのこごは泣くのをやめて母を見ていた
街路樹の影の縞目に濡れながら色深みゆく黒髪の黒
声変わりしてゆく空を見届けてやすらうベンチもベンチの影も
トラックの荷台に揺れる硝子あり空いちまいを映しつづけて
乱視軸わずかずれても見えざれば薄目して見る国のさきゆき
テーブルに見えぬあやとり探りつつ砂糖の壺の蓋がずれている
「もういいよ」声のみがしてこの夏の螺旋階段駆け上がりゆく
作者紹介
- 樋口智子(ひぐちさとこ)
1976年、北海道生まれ。「りとむ」所属。第17回歌壇賞。第一歌集『つきさっぷ』にて第15回日本歌人クラブ新人賞、第24回北海道新聞短歌賞佳作。札幌市在住。