秘密 山木礼子
生きのこりたる一匹の泳ぎをり若草色の水揺らしつつ
母のきぐるみを着た母である 風船の根元をつまみ手渡せるとき
縄のごと泣きつづく子を抱きあげればつめたき足が背中へまはる
独り身は楽だつたことになつてゐるまだらに剝けた百日紅の木
飲み会へ誘つてくれてありがたう。無理です。「買ひ物」無理。「映画」無理。
たそがれに泣きしおまへの吐きだしたガラスを素手にあつめてゐたり
もの言はず
CMの母はやさしい 撮影のあとはお茶でも飲むのだらうね
子と母の世代の
深入りはならぬ秘密のやうにして鯨肉売らる鮮魚うりばに
児童館の床にちひさく親の群れ しなくていいよお遊戯なんか
何度でも紙のボールを受けとらうわたしはおまへの最初の友だち
もし翅があつても飛べる空はない 網戸と窓はひらいてゐても
泣く朝も泣かざる朝も一歳の記憶はいづれ散らむはなびら
いつだつたか思ひだせない「可愛い」と最後にわたしが褒められたのは
山木礼子
未来短歌会(ニューアトランティス欄)所属。2013年、「目覚めればあしたは」30首にて第56回短歌研究新人賞受賞。