半世紀以上夜ごとにわが喉流れくだるを日本酒と言ふ 前川久宜
NHK短歌(2011年9月25日、題詠「流」)の入選作より。「喉」は「のみど」と読む。作者の前川さんのお名前は、短歌投稿欄でたびたび拝見している。僕はまだ「半世紀以上」とはゆかないが、そして「夜ごとに」とまでもゆかないが、わが喉を日本酒が流れくだった夜は、おそらくわが人生の過半を占めるであろうと思われる。そういう読者としては、一読拍手してしまう歌だ。《白玉(しらたま)の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ》(若山牧水)をはじめとして酒を愛でる歌にはこと欠かず、《たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり》(河野裕子)をはじめとして何ごとかを定義風に述べる歌にもこと欠かないが、だからといってこの一首に対して「類想がありますよ」などと野暮なことを言う気にはなれない。もし目の前に前川さんがおられたら、歌の感想をお伝えしたりするよりも、先ずは一献…、と杯を交わしたくなりそうだ。