九十四番 ラフマニノフ
左持
惜春の心ラフマニノフの歌 前北かおる
右
ラフマニノフ鳴りて故郷は天の川 仙田洋子
当連載八十九番で、関悦史の田中裕明賞受賞記念句合わせをしました。その原稿を書いた時点では、エントリー作品の全貌などはわかっていませんでしたが、その後、ふらんす堂のホームページに詳細が発表されたのを見ると、候補作は以下の七句集だったようです。
御中虫『おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ』 愛媛県文化振興財団
前北かおる『ラフマニノフ』 ふらんす堂
山口優夢『残像』 角川学芸出版
中本真人『庭燎』 ふらんす堂
青山茂根『Babylon』 ふらんす堂
押野裕『雲の座』 ふらんす堂
関悦史『六十億本の回転する曲がつた棒』 邑書林
いずれも二〇一一年刊行の第一句集。七冊のうち六冊は読んでいて、唯一未読だったのが前北かおるの『ラフマニノフ』。早速とりよせて拝読しましたが、これは驚くべき句集です。文学的に、ではなくて、文化人類学的に、ですが。「ホトトギス」(系)の俳句が純然たる文学ではなく、生活文化と渾然一体となったものであることは重々承知していましたけれど、改めてそれを痛感させてくれる格好のサンプルでした。具体的には、序文やあとがきへの“私事”のもちこみ方が“文学”の観点からは了解不能なものになっている点。なるほど、例えば関悦史の句集のあとがきにも縷々わたくしごとが書かれてはおりますが、それは基本的には作品本体のモティーフの背景説明です。すなわち作品の私小説性を補強するための記述。これに対して『ラフマニノフ』の序やあとがきは、作品の補足説明などという域をはるかに超え、句集刊行を子どもの誕生などと並ぶ前北家の慶事として位置付けるものとして機能しています。冠婚葬祭や進学や就職が俳句のモティーフたり得るのは当然として、そもそも句会をし俳句を詠み句集を刊行するふるまい自体が、冠婚葬祭や進学や就職と同一平面上にある生活文化の営みなのだと、爽やかにかつ堂々と教えてくれる好句集、それが『ラフマニノフ』です。左句は、そんな『ラフマニノフ』の標題句。あとがきには、作者みずから、
ラフマニノフのメロディーに、過ぎ去ろうとする青春時代を重ねた感傷的な俳句で、自分では空前絶後の一句だと思っている。
と記しています。なんかもう本当にすごいです。
右句は、「故郷は天の川」がちょっと曖昧な感じがします。文字通り、「自分の故郷は天の川なのである」と解してもいいのかも知れませんが、「ひさびさに帰ってきた故郷のこの素晴らしい天の川よ」でもいいようです。また、それこそあとがきからすると作者はしばらくアメリカで暮らしたことがあるようで、その折の句、あるいはその折を回想した句である可能性もあります。とすると、「天の川のように遠い私の故郷(故国)よ」ほどのニュアンスがふさわしいでしょうか。ちょっと詰めきれていない表現のようにも思いますが、じつのところこの句も左句と同様、ラフマニノフのメロディーに重ねられた感傷性こそが肝要。その感傷性が生きたものでありさえすれば、あんまり細かいことを気にするには及ばないのではないでしょうか。
左句の作者の「空前絶後の一句」との自負に対しては申し訳ない次第ですが、あるいは過ぎ行く青春を思い、あるいは故郷を思う両作者の感傷に優劣があるとも思えず、持が妥当ではないでしょうか。
季語 左=春惜しむ(春)/右=天の川(秋)
作者紹介
- 前北かおる(まえきた・かおる)
一九七八年生まれ。本田英に師事。「夏潮」所属。掲句は、『ラフマニノフ』より。
- 仙田洋子(せんだ・ようこ)
一九六二年生まれ。石原八束に師事。「天為」所属。掲句は、第二句集『雲は王冠』(富士見書房 一九九九年)に所収。
前北かおる
on 6月 21st, 2012
@ :
拙句をお取り上げくださり、ありがとうございました。
句集の体裁については、仲間内でも半ばあきれられております。
「好句集」とのお言葉、大変嬉しく拝見いたしました。