二十八番 指
左持
雨は芙蓉をやさしき指のごと伝ふ 山口優夢
右
なまはげの指の結婚指輪かな 中本真人
当句合せの「十三番 欲しい」(六月二十一日付)は、じつは“指”対決でもあったのだが、ふたたび指のクローズアップ。作者が共に女性だった前回からは一転、今回は若手男子の指ずもうである。
左句は、雨が玉をつらねて、芙蓉の花や葉、茎をつたわり落ちるさまを、「やさしき指」に譬えている。エレガントな表現のうちに、水滴がやわらかに刻々とかたちを変える動きを、一種の皮膚感覚として捉えるのに成功していよう。韻律は七七五、塚本邦雄のいわゆる初七調で、切れ目無く言いおろし、動詞の終止形で溜め息のように収斂するリズムが、雨に降りこめられながら芙蓉を凝視する気だるい時間を浮かび上がらせている。
切れ目無く言いおろすスタイルはむしろ右句の作者において一貫しているのであるが、左句のようにたゆたうような感覚は少しもない。ひといきに見きり、言いきる果断さが、いかにも軽快な印象を与えて気持ちがよいのだ。この人の句集ほど、テンポよく楽しく読める本もそうはないであろう。ただし、そのテンポのよさは、この人の言葉の構造が、表層性にとどまりつつ“述べる”態のものであり、対象に食い込むような“描写”を形成することがない点に由来しているわけだから、マッスとしては魅力的でも、一句一句を個別に比較の場に出したばあい、物足りなさにつながる可能性も感じないでもない。掲句の場合はしかし、「指」と「結婚指輪」が珍しくなまなましい物象性を獲得しており、この懸念はあたらないようだが。
等しく物象性に富みつつ、清潔で優雅な左句と卑俗な滑稽味のある右句。優劣は読者のお好みによるべし。持。
季語 左=芙蓉(秋)/右=なまはげ(新年)
作者紹介
- 山口優夢(やまぐち・ゆうむ)
一九八五年生まれ。二〇〇一年、俳句甲子園をきっかけに俳句をはじめる。掲句は、第一句集『残像』(二〇一一年 角川学芸出版)所収。
- 中本真人(なかもと・まさと)
一九八一年生まれ。二〇〇二年、「山茶花」に投句をはじめ、三村純也に師事。掲句は、第一句集『庭燎』(二〇一一年 ふらんす堂)所収。