第8回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞作 戯れに  さ青

第8回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞作
戯れに
さ青  

《水仙に個人名を訊くのは慎むように》

そんな訓えがあるのには訳があって
以前は渓谷に鍛冶屋が住んでいた
安心してほしいのは農具専門で
見つけた蝮は頭を潰すのだという話も
農婦の柔らかな笑みのうちに含まれている

沢へ下るように辛夷を思いだす手話で教えてもらった狐

語られることを憎むなら
去るしかなく
跡形は
万華鏡から囁くカラ類の
一翼と言うにも臈長けている
湖の空よりも血の引いた
駐車場の
高い煙突の元に集えば
その中の誰が次に声を失うのか
それとなく分かるもので
こちらを見ているはずの視線が
ほどけて
一対の黄蝶になる
激しく上下する戯れは
長方形の縦長をはみ出していく

開頭や付箋の林たちあがる

葉脈標本の写真だけをいくつか
壁に留めたまま退去した人を
思いだす
遺るということは
炎の前に揺れる
吊された縄に似ていて
手垢の匂いが
かすみ草の花束を
重たく手繰り寄せてくる
花びらは晴れた風をまだ湿らせるけれど
眼鏡を外して眺めた光景が
いちばん美しかった
木々の茂りもページの文字も
鏡の中の毛並みとあまりにも違う

鳥籠を森に棄てれば葉漏れ日が納戸の空きに雨宿りする

どうしようもなく明るい午後になり
部屋にある手頃なものを
四つ折りにする
本に指を挟めば
隙間は
テントの暗がりに似ていて
眼窩から
蟻が頬を伝い降りてくる
噛まれた瞼は酷く腫れた
潰した蟻を並べれば
ページの一節を再現できるが
あまりに歪んで
使い物にならなくなった指は
鍛冶屋に預けて
以来見ない

椎孔から月へ水仙差し出しぬ

房咲きが筆名を使い分けるように
鏡とは
捕まえた鸚鵡を
炎だと自惚れる時間だろう
萎れた花首をひとつずつ切り落とせば
幾たびかの夜を数えることは出来て
しばらく耳鳴りを青臭く
そのあとは
月下の毛並みと
日陰のせせらぎを間違えながら
ぼんやりするまで歩いてゆく

月光沸騰 翳る鏡とは蛹のごとく薄明の青さを忘れるまず声から

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