第8回詩歌トライアスロン鼎立作品選外佳作

自由詩「青い珊瑚礁」他  平野光音座

選択の余地の無きことあざ笑う如くただ走っている矢印
失敗をかさね大人になってゆく大人になってしまった失敗
赤い星ジャズ取り締まる警官の電光石火どこまでも飛ぶ
薄氷池の中から誰か見る一枚千切って呑む椿酒
青空の下の電光掲示板「時間切れ時間切れ時間切
太陽が軌道を変えた電子舞う不可視に染まる空の紫
駄目になるその寸前に匂う水口論をする相手は自分
短夜のアルヴォ・ペルトとスクリャービン池田亮司に雨Petrichor
体言で短歌を止めて何になる油に焼けた歯車を見ろ
薔薇を嗅ぐ海底深く葬式の行列を見る遠雷を聞く

空域が今年へ滑らかに暗月
ボウイ忌に見るウミウシの図鑑かな
離陸後の不確かなもの春の海
ポケットに雲丹入れており吝嗇である
一二三四五六月病シャーベット
薔薇を喰む雨中の虎の前世かな
白虹や敗戦が追い掛けて来る
強姦由来のDNAなき柘榴かな
大寒やQRコードのような鬱
春兆し男も妊娠する未来

「青い珊瑚礁」

ああ私の恋は南48°49′48±″S,123°19′48″Wの風に乗って
走る179U+2267mphわああ青#4169e1い風切って走れ
あの島から戻るフライトに搭乗した某社会主義共和国の要人女性の医療チームは
都心の高名な大学病院の巨大茶封筒を乗務員に渡したものかどうか協議している
渡された乗務員は彼らに言われるまま封筒や中の資料に印刷された「脳外科」「手術」「50~90日」などの語を黒く塗る
塗ったところで当該の要人には読めない言語なのにと訝しみながら渡された油性マーカー極太で黒#000000く塗る
塗っても塗らなくても時給U+20AC23-35は変わらないので黒く塗る
ファーストクラスの一画を占領した要人はその医療チーム内に自国語を流暢に操る者がいない不便さに憤っている
要人の国では兵士へ4日に1度わずかな肉の入った汁麺がふるまわれる
人間と動物と植物と鉱物の境目があいまい

褪せた赤#ff6347い痩せた短髪のウェーブを気にしてしきりに手鏡で撫で付けるものの
後進国ファッションの悲しさゆえ眉毛の色にまで気が回らない
開頭手術にあたり剃髪を許さなかった要人の初老の女心と暴虐なふるまい
自国の貧困にそぐわない贅沢と手の施しようのない病状に失笑する特等個室の担当医師たち
誰かの痛苦のうえで成り立つ快楽こそが本質的な快楽ということを解っているその一点だけで
この要人と私は話が合うかもしれない
あの南の島でうやうやしく渡された指環の石が「人道的に」採掘されたものだと言った恋人に
その場で破局を宣言した私にはよく解る
儀式としての開頭手術は数多ある贅沢品の中ではかなり個性的でよろしい
揺れますよ、危ないからお座席に戻ってという乗務員を突き飛ばしなにか

わけのわからないことを怒鳴りながら客席後部までフラフラ歩く要人を誰も止めない
同乗の医療チームの白人たちは座席TV画面でゴルフゲームをしている
戻って来た要人の赤#ff6347かった髪は疲労と焦燥で珊瑚#ff7050色に変わっている
もう誰にも顧みられることのない珊瑚礁
泣きながら私の手を取り多言語で謝意を述べる要人は次の瞬間激しく何か喚きちらし唾を吐きかける
一般概念としてではなく極めて個人的にImminentな死と四六時中対峙するのってどんなかんじですか
周りに特別扱いされても本当は誰も自分への敬意など無いと知りながら不安と恐怖で過ごすのってどんな感じ
さてどのタイミングで誰に見られながらどう訊こうかと画策している
ここで29行

題なし 鳥井雪

短歌

はつなつの自己紹介の罰受けて”海から来ました”あだ名は人魚
この街は山すその街人びとは西というたび山なみをみて
空洞をもつ流木の手ざわりを誰も知らない教室にいる
下駄箱を西日まぶしい黒板を見慣れてゆけば遠のく岬
目の中に海があるの? とのぞきこむきみの鎖骨は白山嶺
きみのこときみと呼ぶとき我のことぼくと呼びたいわたしのままで
こわいのは午後の光の教室のプールのにおいに呼吸する繭
制服にゆっくりと皺ついてゆく抱きあうためにただ抱きあえば
わたしたち友だちだねって確かめて踊りつづけた 泡になりたい
指先に滲む血はすぐ乾くからナイフのことも忘れてしまう

俳句

木下闇抜けて階段降りて海
水着より海したたりて海青し
夏草や簡易トイレの濡れた砂
うずくまる膝に蟻這う夕焼雲
宿題や深くくらげの刺したるを
ザリガニでザリガニを釣るよく釣れる
母泣きてわたしは無力夏の天
遠雷や家出の計画のみ詳し
色ゼリーいいつけ守る子をわらう
無惨にも初潮の来たる夏野かな

自由詩

子どもたちが波へと駆けてゆく
わたしとは似てない速さで
潮騒
波が押しよせるより速く
子どもたちが後ずさって逃げる 笑い声
波がひいてゆく
潮騒
ようやく分かる
なにも再生されない
なにも繰り返されない わたしの日々 ほら 波がくる 逃げて
あのとき滴った血、それから海
海鳥のさけび
すべての
潮騒
すべてのことは
あった 起こった そしてもう 戻らない
太陽が照り返し 幾千の光のひだがふるえる ここで
子どもたちが駆け寄ってくる 膝にぶつかる 笑い声
洗われて転がる巻き貝の殻
白い砂に黒いつぶ
足ゆびの間を
通りぬける
いま

交差 遠音

短歌十首

浮きながら仰いだひかり広がってゆく破裂音ただようザイル
今日も明日も伸ばし続ける指先のガルボハットが孕む谷風
跳び箱を落としてしまい次々にそっくり返るあばら、かしぐ陽
地に顔をうずめてしまう風船の尾を放さないふり返らない
おなかの風が描くメビウス風船がひかり始める大枯野 
僕の子だと言う歳上の子の髪留めの緩みだす逆光のほむら
たまごぼうろこぼすはやさで泣きながらお父さんと呼ぶ子は透けはじめ
シェパードのひとみの黒に映らない君をすり抜けてゆくランドセル
西風も東風も束ねられファスナーが閉じられてもうほどけない繭
定命ハ四十二年逆縁ニシテ順縁ノ産道ガ今

俳句十句

陶器一片月円(まどか)なる愛憎の
一片をありし高さへ星走る
再現できぬ泉師の皿は揺れ
春があふれ慌てて置いた皿は黙る
憧れは太り筍ルドンの目
濁声のぬくい夜は明け彼岸花
滴りに濁る吐血の波紋止まず
師の眼澄み叩き割る皿は雪に
釉薬を刷く山里のサクラさくら
粘土こね潰す父を母を鷹を

自由詩一篇

もひゅ と僕にまつわりつく泥の虜になった
つかむと指の間から 逃げ出し ふくれ しんなりうなだれて まんまと逃げおちる
僕は蓮根を掘るのをやめて
歩き回り 足のくるぶしの影も 指のいびつも 全てうめ立てなで上げてゆく
その感触に ここが かの国 なのだと知った
父さんは眉をひきあげ 眉間をよせ 口の端は落ちていって ほ と息をついた
父さんは白い蓮根をみがいていた

僕のちいさな体で 全身がチョコレートに さびた鉄になるまで
かたい泥を のしてゆく のびない すべる手は 意志から飛び立ち
ずれた過去へ着地してゆく
 つちとなかよしになることだ
父さんはにこにこと仮面をつけていた
蓮根を掘らない僕は
父さんの仮面が厚くなる

かあさん

かなしい人を呼ぶ
父さんがいない隙に

かあさんは
父さんが
粘土に
して

まった

にんげんは
たおれると
ねんどに
なるんだ
まがらな
いうでが
あんなに

てのひらがびしゃりと抜ける
粘土が みずになる 戻る
あのころのなかよしがいた
肺が もえ始める ちりちりと痛む
倒すんじゃないまろばすんだ
もう もう 僕は掘らなくていいんだ
ひきのばす どこまでも窓までもあそこまでも

かあさんの歌声だけが残っている
顔はみえない すがたもとけてしまう
きっと こんなだ
粘土をひとつきつぎつづけて
歌うかあさんが 立ち上がる

かあさんをうっとりと見上げていると
影がかあさんをよぎった

かああさんんを

このかあさんも
粘土になる
父さんは

気がつくと
かあさんの
首とうでが

なんやらえらいひとがきた
腕がよその星のひとみたいにうごきつづける
さもとらけのにけですねなるほどすばらしいおまあじゅですおとうさまこれはけうなさい
ぼくは
ようやく
なみだが
ふるえはじめる
あさひが
かあさんが
なきながらみていた

粘土をひとつきつぎこんで
あさひをあびているかあさんが立ち上がる
ぼくは
そのてが
ぼくにのびてくるのを
なでてくれるのを

くらい声が
僕の首のうしろを
せなかを
おなかのなかを

気がつくと
かあさんは
うでが消えていて
なんやかんやのひとがまた腕をふりまわしている
おとうさまこれはほんとうにさいのうですみろのびいなすをこんなふうにさいこうちく

父さん
なんで
かあさんの
うでを

父さんはびくんとうさぎになって
月よりあおくなる
なきはじめる

ぼくのエプロンのおなかに
のこっている粘土で
うでがふたつ
つくれそうな気がする
でもこれは捨てたやつだから
なんでかしらないけど
だれかが教えてくれた
かおはみえない
かあさん
かおを
ねえ

そうか
こわれるんだ
どうしたってなにしても
かあさんはいなくなる
じゃあ
父さんを
作ればきっと

父さんはでかいので
まだまだ粘土がたらない
なのにえらいひとがもううろつきはじめる
おとうさまこんどはたいさくですねおもうにこれはべるべでえれのとるそにちがいな
作業服を裂く音がする
父さんの泣き声だった
わたしがわたしがあのときあのこをあそこにつれていかなければあのこは
父さんの声もえらいひとに似てきた何をいってるのかわからない
ばしん ねんどを足してゆく
ほしかった背中はみすぼらしかった
背中がおおきいのは筋肉としなやかな夜をまとっているかららしい
だれかが言ってた
えらいひとや父さんでないことはたしかだ
だれが?

ばしん ねんどを足してゆく
背中が 入道雲が
空のひろさに負けてしまう
肺がまた 焦げる 風がうたう
ふいに耳たぶにあたる
かあさんの声 歌
父さんの背中 おぶわれてた
おぶわれてたのはだれ?

だれでもいい
粘土を 蓮のむこうの泥を
弦がつぎつぎ はじけてく

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