ゐてもゐなくてもゐてもゐなくてもゐてもゐな 波の響きを聞いてはいけない 川井怜子
『メチレンブルーの羊』(砂子屋書房刊、2010年)より。この歌集の中で最も不可思議にしてこわい一首。
「ゐてもゐなくてもゐてもゐなくてもゐてもゐな」くてもいい・・・、と波音が言う。寄せては返す波がそのように言っているのだ。誰に? 「私」に、あるいは「私」を含めたこの星の上の生命すべてに、だろう。海という生命の母はまことにおそろしいもので、こういう「ゐてもゐなくても・・・」のホンネが時に実行に移されると、津波という形態をとったりするのかも知れない。
「ゐても・・・」のリフレインとその突然の中断は、《ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ》(中澤系『uta 0001.txt』)を想起させる。中澤さんはリフレインを止めず、定型の容量という車止めに乗り上げさせた。川井さんは上の句の末尾でリフレインを力ずくで止めた。そして、「波の響きを聞いてはいけない」という「ノン!」をさし出すことによって、ようようにこの世の時間へ生還したのだ。
こんな経験をしている川井さんであればこそ、《日日ここに落葉掃くひと自らもふくろに入りしかけふはあらざり》などという発想が、ほとんど日常詠のようにして生じたりもするのだろう。