日めくり詩歌 短歌 斎藤寛 (2011/12/15)

西日射す国電に坐しくやしくも死までをひとりの国民として    小中英之

小中英之さんの珠玉の一首を挙げよ、と言われてこの歌を挙げる者はいないだろう。どちらかと言えば、「あの小中さんにこんな歌があるのか?!」と言われそうな一首だが、このような歌も収録されている全歌集が今年の7月に刊行されたので、あえてこの一首を引いた。「短歌」1968年9月号所載の「明暗」の一連中の一首であるが、その後、この歌は何処にも再掲されておらず、この全歌集に初めて収められることとなった。

この全歌集には、小中さんの第一歌集『わがからんどりえ』、第二歌集『翼鏡』、第一歌集以前の『初期歌篇』(佐藤通雅編)および「未収録作品」(この《西日射す・・・》はこの未収録作品中のものである)、そして第二歌集以降の作品を初出誌・紙より採録して発表順に配列した『定本 過客』が収められている。小中さんの作品の全貌にふれることができる歌集である。

小中さんの代表歌としては、《氷片にふるるがごとくめざめたり患(や)むこと神にえらばれたるや》(『わがからんどりえ』)《螢田てふ駅に降りたち一分の間(かん)にみたざる虹とあひたり》(『翼鏡』)などがよく知られている。名歌というほかはなし、というような作品である。また、『わがからんどりえ』の解説(安東次男)の中に、「何のために歌を作るのか」という問いに対して小中さんが「鎮魂のため、季節のため、それから面白い言葉や地名の一つにもせめて出会いたいためだ」と答えた、これはたいそう私(安東)の気に入った、というくだりがあるのだが、これもまた多くの読者の印象に残っているフレーズだろう。小高賢さんはこの全歌集の書評(「週刊読書人」2011年9月23日)の中でこのくだりを引き、「私たちは、政治の季節を学生として過ごしてきた。だから、逆にこの確固たる姿勢に衝撃を受けたのであった」と記されている。

しかし、一見、政治的社会的な問題などとは相当に距離を置いているように見える小中さんの歌群の中に、時々、そうした問題に対しても驚くほどラディカルな見地を持っておられたらしいことがわかる歌が現れることがある。そして、それは、先の小中さんの答えに言われていた「鎮魂」と深くかかわっているのではないか、と思われてくるのだ。戦争で倒れた者たち、あるいは革命を志して倒れた者たちを深く悼む思いを小中さんは常に持っておられたのだろうと思う。

《戦後いくたび暗き夏かな黙ふかくわがクラーレの矢のみ背向(そむ)かぬ》(『翼鏡』)というような一首も、通り一遍の“平和を祈る夏”の歌ではない。ただに戦争の被害者であったばかりではなく、加害者でもあったこの国を思うがゆえに、小中さんは「暗き夏」と言われたのだろう、と僕は受け取ったのだった。この《西日射す・・・》に戻って言えば、その次の次の歌は、《朝の樹をのぼる蟬あれ革命に賭くる彼らの不眠に蒼く》。また、『初期歌篇』中の「八月についての試論」と題された一連(初出は「短歌人」1966年9月号)にも、《血ぬられてきたる戦後史、八月の双耳に千の羽ばたき激し》《とこしえに生者悔(くや)しも八月の頭上に散華の叫びはあふれ》というような歌がある。(なお、初期の小中さんの作品は新仮名である。)

さらに時は移って、『定本 過客』の冒頭に置かれた「風布」15首(初出は「短歌現代」1981年7月号)は、「明治十七年蜂起の秩父事件において、もっとも早く決起し、かつ尖鋭的であったのは風布村の人たちであった」という詞書がはさまれている作品であり、《歳月は溶暗なればいづかたに死者とどまらむ風布(ふうぷ)みなつき》《困民の裔(すゑ)としわれもひとりなり見えざるものに身の緊(しま)りゆく》などと詠まれている。自然や季節を美しく詠みながらも常に内向し、死を思っていた歌人、という小中さんのイメージからはいささか外れそうだが、小中さんの言う「鎮魂」には、間違いなくこうした死者たちへの思いが含まれていたはずである。

「国電」という言葉は消えたが、「国民」という言葉はそう簡単に消えるようなものではあるまい。人類が地球規模の共同体をなすに至らず、国家という単位共同体をなし、その国家と国家の間には常に利害の対立があり、紛争や戦争が絶えない、というのがこの時代、この社会のありようであるに違いない。語の真の意味での「平和」はいまだ一度としてこの地上に到来したことはない。その国家の民であればこその「国民」である。いかにもくやしいではないか、と小中さんは詠う。ここには「国民」という概念の本質を射抜くまなざしがある。「国民」という言葉をつい気軽に使ってしまいたくなるような時、この小中さんの一首を繰り返し想起したいものだ、と思う。

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