五十一番 鼻
左持
青梅や少年の鼻下ささにごる 檜學
右
寂しさや毛布を鼻に押し当てて 松本てふこ
左句は、きりりとひきしまって美しい句だ。「鼻下ささにごる」とあるが、これは産毛が青くけぶって見えるのをいうのであろう。「青梅」はもちろん、「少年」という存在の青さのメタファーとしても機能すると同時に、鼻の下の翳りの青みへとおのずから思いを繋げる仕掛けともなっている。
右句も言葉に過不足のない安定感のある句。「毛布を鼻に押し当て」ることは誰しもしたことがあるはずだが、あれは結局、一種の母胎回帰の動作なのだろうか。「寂しさ」はそのような動作をとる原因かも知れないし、また同時に、自分の臭いや体温を感じることから誘発される結果なのでもあろう。
左句の感覚性の冴えも、右句の豊かな実感性もそれぞれによろしく、持。
なお、左句の作者は二〇一一年六月に逝去。所属誌の「翔臨」で追悼特集が組まれている。中で、同誌主宰の竹中宏による百句再録は読み応えがあった。左句以外の興に入った句をいくつか。
去ぬる年そこにあるかにふり返る
極色の息吐く鳳を初夢に
十二月青き昴に心適(ゆ)く
夜は蝶に空也の口の仏達
切株の夢垂直にひこばゆる
右句の作者は、当サイトの俳句時評の筆者としてもおなじみのことと思う。週刊俳句編集部の編により、このたび刊行されたアンソロジー『俳コレ』のニ十二人の入集作者に選ばれている。同書に載る百句(筑紫磐井撰)から少々。
おつぱいを三百並べ卒業式
会社やめたしやめたしやめたし落花飛花
久々に会へば無職で仏桑花
地下鉄によく乗る日なり一の酉
読初の頁おほかた喘ぎ声
季語 左=青梅(夏)/毛布(冬)
作者紹介
- 檜學(ひのき・まなび)
一九二一年生まれ、二〇一一年没。六十代後半から俳句を始め、「翔臨」で活躍。掲句は、
同誌第七十二号の追悼特集より。
- 松本てふこ(まつもと・てふこ)
一九八一年生まれ。辻桃子に師事。「童子」同人。掲句は、『俳コレ』(二〇一一年 邑書林)
所収の「不健全図書〈完全版〉」より。