九十番 九十歳
左持
大日向小日向のあり春竜胆 村越化石
右
翁とも幼顔とも初鏡 深見けん二
百番までを予定している当連載、いよいよ九十番の大台に達したところで、今年九十歳になる長老たちの長寿にあやかろうとの趣向。該当するのは、大正十一年(一九二二)生まれの方々で、村越化石、深見けん二両氏などがご存命の代表的な作者であろう。最初は句集に当たったが、趣旨からすると今年の作品の方がふさわしいわけで、総合誌から上の二句を拾った。
左句は、草枯れの中に際立つ春竜胆の紫と、大きくまた小さく斑になって地に落ちた日差しがよく引き立てあっている。「大日向小日向」の言い回しには、ほのかにひょうげた味がある。「のあり」が間延びしているのがやや惜しい。
右句は、翁かと思えば妙に童顔のようにも見える自分を、初鏡に再発見した、との句。年を取ると子供に還ると俚諺に言うのは主に言動の話だろうが、現役時代の緊張が解けて顔つきが子供っぽくなることもあり得るだろう。布袋や大黒のような、老人にして子供のような福神のイメージを重ねて、自らの老いを言祝ぐ気色もあろう。
趣向からして勝負なしの引き分け。
季語 左=春竜胆(春)/右=初鏡(新年)
作者紹介
- 村越化石(むらこし・かせき)
大野林火に師事。「濱」同人。掲句は、「俳句」二〇一二年五月号「春竜胆」十六句のうち。
- 深見けん二(ふかみ・けんじ)
虚子、青邨に師事。「花鳥来」主宰。掲句は、「俳句」二〇一二年一月号「初鏡」八句のうち。