「残暑」 谷口謙
八月一五日朝
五八歳女性 縊死体発見
検視は現場
連絡を受けて待機
八時三〇分頃 町内だ
住宅横の倉庫
トラロープを使用
梁に下げて首を突っ込み
踏み台を蹴って定型縊死
最終生存確認は前夜午後一〇時三〇分頃
同室で主人と寝ている
主人は翌朝午前五時半頃起床
横の床は空
彼女は新聞配達をしている 一二部
そのとき疑念はなかった
だが外に出たら彼女愛用の車はそのまま
倉庫内の縊死体発見六時二〇分頃
救急隊が着いて死体を確認したのが七時前
すでに硬直があった由
室温三一度
直腸内温度三四度
硬直は両肘のみ弱 他は強
死斑紫赤色 背面と両下肢 弱圧で退色
尿失禁あり
縮緬工場よりコンピューター関連組立て工場へ転職
仕事が慣れないとこぼしていた由
実はぼくの知人
主人とも顔見知りだった
暑い
今日も残暑は続くだろう
詩集『気配』(2003年詩学社刊)所収
谷口謙は京丹後市で父の後をついで生涯を開業医として、この丹後ちりめんの家内工業の町の住民の健康管理にあたり、警察の検死医を長い間務めた。その間検視に当たった事件を乾いた筆致で記し続け、『気配』はそのテーマでの4冊目の詩集である。
ごく普通の勤労者としての人々の最期を締めくくるという激務を淡々と果されたが、内心の思いはいかばかりだったろうか。詩には自己の思いはほとんど記されていない。ちりめんという織物産業の廃れ行く状況と共に自死していく人々。掲出の詩のヒロインのように、生業の変動に押しつぶされ、沈黙して死を選び取る人々。早朝いつものように布団から起き出て、ついと死の世界に渡り終えてしまう。
務めとしてその経過を淡々と書き記す以外詩人もすべて沈黙の中にある。怒りも嘆きもないきわめて切り捨てた表現に詩人は時代と人の生との無言の斬り結びを背水の陣として書き残したのではないだろうか。